未融と瑠璃
清瀬 六朗
第1話 初夏のウッドデッキ(1)
落とした蓋はウッドデッキでからんからんと高い音を立ててはずみ、
未融が体をかがめてその蓋を押さえる。
瑠璃も手を伸ばしていた。
瑠璃の指が未融の手の甲を押さえる。
右手の人差し指と中指、それに薬指も。それが未融の指のつけ根のところに当たる。
「あっ、ごめんっ」
瑠璃が手を引いた。
未融も同時に手を引いたので、一度は転がるのをやめかけていた瑠璃のペットボトルの蓋がまた転がる。
未融の椅子の下まで転がって、やっと止まった。
未融は身をかがめたままだったので、その蓋を拾ってやる。体を起こして瑠璃のお茶のペットボトルの横に置いた。
瑠璃は、「こってりソースの焼き肉バーガー」、中途半端な略称で「こってりソースバーガー」をがぶっとかじったところだった。
「やだ、未融」
瑠璃はハンバーガーをリズムよく噛んでから、言う。
「これって、下に落ちたやつじゃない?」
未融が、瑠璃が得だな、と思うのは、こんないやそうな言いかたをしてもけっして心に痛く突き刺さらないというところだ。
ところが、瑠璃の敵には、このいやそうな言いかたがはっきりと効く。
瑠璃は、何をやってもてきぱきしていて、何についてもはっきりとした態度が取れる。
心地よい風が吹く。日射しは高いところから照らしているけれど、ここは大きな楡の木陰なので気にならない。
「それはそうだけど」
二人が向かい合って座っているテーブルは、雨風にさらされて色あせ、板が反り返って分離して壊れかけている。下のウッドデッキに落ちたものを置いても、それほどきたないとは思わない。
「でも、瑠璃のだよ」
言って、澄まして座り直す。
もう一言、押す。
「それはトレイの上に置いちゃダメだろうけどさ」
「んー」
瑠璃は横着に鼻を鳴らすと、テーブルの上を見ないで右手でペットボトルをさぐる。手の甲が当たったボトルをつかみ、お茶を一口飲んだ。
「そうやってちゃんと見ないでお茶飲もうとするから落とすんじゃない?」
未融はナポリタンを巻いて口に入れる。
分解して自然に還るプラスチックの頼りないフォークではほんのちょっとしか巻けなかったけど、それぐらいで未融にはちょうどいい。
この分解して自然に還るプラスチックのフォークとかは瑠璃が学校にも生徒会にも何度も主張して導入させたものだ。べつに担当の委員でも何でもないのに繰り返し言い続け、学校の先生たちを根負けさせた。
そんなのを気にするのだったら、小さいペットボトルのお茶を買うのではなく、家でお茶を入れて水筒で持って来ればいいと思うのだけど、それはいやなのだそうだ。なぜかはきいていない。
その自然に還るプラスチックのフォークで少量のナポリタンを口に送り込み、噛みながら、瑠璃の姿を見る。
ただの白い開襟シャツで、ネクタイも何もつけない。スカートは、紺色ほどの濃さのない「ちょっと濃い青」の、プリーツの少ないスカートだ。
瑠璃は、頬骨がちょっと出ていて、目は青みがかっている。ちょっとふしぎな色だ。髪の毛の質はさらさらで、その髪を頭の後ろで束ねている。
その髪が初夏の風に吹き流される。
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