第3話 初夏のウッドデッキ(3)

 それで、くすくすっと笑って、瑠璃るりは行ってしまった。

 走っていることにならないぎりぎりの早足で。

 その姿を未融みゆは目で追う。

 後ろから見ても、白の開襟シャツと青いスカートというそっけない制服には変わりない。脚には白いハイソックスと学校指定の革靴を履いている。その早足に合わせて、高い位置で結んだ髪の毛が背中で揺れている。

 その瑠璃の姿は食堂のガラスの向こうに入る。ガラスの反射に遮られて見えにくくなり、やがて、消えた。

 「もうっ!」

 未融は瑠璃が残していったこってりソースバーガーの包みに手を伸ばした。

 躊躇ちゅうちょする。

 このウッドデッキでも、二人が座っていたこの場所は高いにれの木の幹の陰で、未融が瑠璃の食べかけを食べているところなど、だれも見ないだろう。

 でも。

 ナポリタンに、普通のハンバーガーより大きいこってりソースバーガーの半分くらい、というのは、食べ過ぎだよな、と思う。

 躊躇して、何かがうごめいていると思ってふと目をやると、トレイの縁で右往左往している蟻の数が増えている。

 五匹か六匹はいる。未融から見えないところにもっといるかも知れない。

 自分のナポリタンの皿を見ても、蟻は一匹もいない。

 蟻も瑠璃の食べかけがいいのか。

 そう思うと、未融はむっとした。

 手を伸ばして逆手にして、こってりソースバーガーの包みをつかむ。

 自分の口の前にこってりソースバーガーを持ってこようとして手の甲の向きを変えたところに、楡の葉から漏れてきた日が走った。

 右の手の甲が、瞬間、きらっと白く輝いた。

 さっき、この、いま輝いたところに、瑠璃の指が、三本、触れた。

 日の光にさらされても熱くなかった。

 太陽の光だから、熱いはずなのに。

 そして、瑠璃の指も熱くなかった。涼しい、柔らかい感じだった。

 瑠璃は、何事も、言わなくていいようなことまではっきり言う、熱い子なのに。

 その瑠璃が、がぶっと口に含んだこってりソースバーガーを、いま自分は口に入れようとしている。

 大きく、口を開いて。

 自分が、瑠璃と同じように、頭の後ろに長い髪を結んでいるような幻影が、ふっと流れた。

 未融が噛んだこってりソースバーガーは、思ったより冷めていて、最初は味もしなかった。

 瑠璃の味も、瑠璃のにおいも残っていない。

 瑠璃の味なんて、どんな味なのか、未融は知らない。

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