第14話 都心のカフェテリアのテラス(1)

 大学のカフェテリアのテラス席の、おしゃれだけど実際に座ると疲れる椅子に座り、未融みゆは一人アイスカフェラテを飲んでいる。

 確かめてはいないけど、カップもストローも自然に還らないプラスチックのようだ。

 見晴らしはいい。

 でも、見えるのは縦長の高いビルばかりだ。背の低いビルもあるのだけど、それは大きい石のあいだにはさまった砂粒のようにしか見えない。

 そのビルのあいだをごうごうと音を立てて自動車が走っている。

 高速道路だから、あのいなかの幹線道路のように人が信号待ちしている前を全速力で走り抜けたりはしないけど、車の密度は比較にならないほど濃い。

 吹いてくる風もどこかほこりっぽい。

 少なくとも排気ガスっぽい感じがした。

 もう少し外に出ると遮るもののない日射しが容赦なく降ってくるので、大学のビルの影から外に出ないぎりぎりの席に座っている。

 大学のキャンパスというけれど、都心のこの大学は何棟かの高層ビルをつないだのが「キャンパス」だ。教室の移動も図書館に行くのもぜんぶビルのなかということになる。

 そのなかで、外の空気に触れられる数少ない場所が、この十八階のオープンエアのカフェテリアだった。

 あの日、未融は瑠璃るりとは仲直りできないだろうと思った。

 瑠璃はうやむやのうちに仲直りということはしない。相手に謝らせるか、自分が謝るか、どっちかだ。

 そして仲直りはできなかった。

 大人げないことに、瑠璃はメールや電話も含めてあらゆるメディアで未融をブロックしていた。

 そこで、未融も大人げなくそれにつきあって、考えられるかぎりのメディアで瑠璃をブロックした。

 あれからひと月も経たないうちに期末試験があり、学期末のいろんな行事があり、夏休みになった。

 終業式では、瑠璃は留学に出発する生徒の代表として何かことばを述べた。

 あのピンクの唇と、輝くピンクの頬で。あいかわらず、シャツのしわまできれいだな、と思った。その希望に満ちた明るい笑顔からは、未融の冗談を本気にして留学を申し込み、そのことを知って取り乱して激怒したことなんかけっして想像できないと思った。

 未融はそのスピーチに拍手した。でも、瑠璃が生徒の列に戻ってきたときには、たがいに、「ふん!」、「つん!」として目を合わせることもしなかった。

 そして、二学期が始まった学校に、瑠璃はいなかった。

 瑠璃は英語しか通じない外国に行って、いろんな変化を経験しただろう。

 未融の大きい変化は一つだけだった。

 志望を理系に変えたこと。

 それは、国語の点数がダメだったのと、公民と歴史系の暗記がものすごくうっとうしかったからだ。

 一科目で、一日に暗記する項目が十個とか、絶対にやめてほしい。二科目で二十個として、その二十個めを覚えたときには、最初の五つぐらいは確実に忘れている。

 だから、理系にしたのだけど。

 でも、完全に後ろ向きというわけではない。

 あの非常勤の地学の沼間ぬま先生に、瑠璃の話をしたあと、駅に行くまでのあいだに、文系も理系も英語も難しくて、どれも選ぶ気になれない、という話をした。

 この先生にならば、そのくらい打ち明けてもいいという気もちになっていたのだ。

 それを言うと、あら、それでも地学はおもしろいと思ったんでしょ、と言われた。先生への義理もあって、はい、おもしろいと思います、と言った。

 そうしたら、先生は、

「地学好きなんだったら、地学のわからないところがわかるようになるために数学がんばってみたら? 数学って論理だから、その論理がわかれば百点ぐらい取れるよ」

と軽くアドバイスしてくれた。

 あまりに軽く言われて、でも、先生に対して怒る気にはなれず、そんなのわたしにはできないですよ、とも言い返せなかった。それで、「百点は取れない」というのを証明するためにがんばったのだ。

 そうすると、百点は取れなかったけど、テストの大きい問題はぜんぶ満点が取れた。

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