第17話 血のつながらない家族
翌日、セレナは玄関ホールのソファーで目を覚ました。目をこすってぼんやりとした視界の焦点をゆっくりと合わせていく。ここは玄関ホールだなということがわかる。
タオルケットがかけてあるけどワタナベさんが持ってきてくれたのだろうか? ワタナベさんとお酒を飲んで語っている間に、いつのまにか眠ってしまったみたいだ。いま、何時だろう?
昨夜の記憶が曖昧なまま、セレナは大きく伸びをした。周囲を見まわして時計を探したがどこにも見当たらなかった。そうだ、スマホ、スマホはどこだ? あ、私のバッグ。どこへ置いたかなぁ?
玄関ホールから食堂が見えるのだが、朝食の用意をする人たちがキビキビと動き回っていた。そのなかに20代くらいの女性が大皿を手にしてノッソリと緩慢に歩いていた。ダウン症のような目と目の間が広がっていて鼻が低い顔をしていた。こういう人もこの宿で働いているんだなと思った。
「目が覚めましたか?」
ワタナベさんがニコリとしてタオルと歯磨きセットをセレナの前に差し出した。セレナは、それを受け取って立ち上がった。
「ありがとうございます」
「朝食の用意ができましたので、召し上がってください。おかゆですけど、パパイヤやゴーヤの浅漬けにアオサをのせて食べるとおいしいですよ」
「パパイヤ?」
「沖縄では野菜のパパイアがあって、浅漬けにするとおいしいんですよ」
セレナは氣になることを質問した。
「この宿にはスタッフは何人くらい働いているんですか?」
「そうですね。私を入れて10人です。部屋の清掃やキッチンの調理、建物の修繕などやることはいっぱいあります」
「ダウン症の人も働いていましたね」
「ああ、彼女ですか。エリと言います。みんなで支え合い、助け合うのがこの宿の方針なんです。みんな住み込みで働いていますので、まるで家族のような間柄になっています。私は、これを新しい家族形態だと考えています。スタッフのなかには3歳の子どもを抱えたシングルマザーもいますし、2人の子どもを育てている夫婦もいます。子どもが熱を出したとか、学校から呼び出しがあったとか、何かあったら、他のスタッフが助けるんです。朝食は個人でバラバラに食べるのですが、夜は、宿泊客のあと、スタッフも家族も全員で食べるようにしているんです」
「ふ〜ん、そうなんだ」
とセレナは氣のない返事をしたものの、内面では感心していた。スゴイなぁ。たしかに、ステキな家族だなと思った。ある意味、大家族制度だ。しかも、血のつながっていない家族。
支え合い、助け合うという理念でむすばれた家族。
私の家族は、私をコントロールしようとして鬱陶しかった。あれしちゃダメ、これしちゃダメ、「あなたのために言っているのよ」と母親は忠告ばかり。私の意見を常に否定する母親、私のことなど無関心だった父親。
助け合いの精神なんてあっただろうか? とにかくあの両親から離れたくて広島を飛び出して上京した。同級生たちはみんな関西の大学を目指したけど、私は少しでも両親から遠く離れたくて東京の大学を受験した。卒業しても広島には帰らなかった。実家に帰る理由がみつからなかった。
家族なんていらないと思っていたけど、こういう家族ならいいかも、と思えた。家族か、とワタナベさんの話を聞きながらつぶやいてみた。ちょっぴり泣きそうになった。
「じゃ、顔、洗ってきます」
セレナはそう言って、洗面所へ向かった。
「あ、食事のあとは滞在時のガイダンスをしますんで、必ず参加してくださいね」
ワタナベさんの声を背中で聞いて、セレナは前を向いたまま手を振った。イエスという合図のつもりだった。
ああ、まだ、昨夜の酒が残っていると思った。頭がボウっとする。泡盛を飲みすぎたかなぁ。
【沖縄おばばの教え】マブイ拾い レジェンド井伏 @ibuse
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