第14話 怒りの感情は突然やってくる!
意見が対立したとき、多くの人は話し合いで解決しようとするが、現実には話し合いで解決できる問題など1つもない。
たいがいは、弱い立場の人間が妥協し、あきらめ、我慢する。
意見の対立というものは、えてして、力の差で解決するものなのだ。
力とは、暴力であり、経済力である。
ジュリーさんは、お化けが怖いみたいで、頭を抱えてふさぎ込んだまま、何気なく目線をベッドの下へ向けていた。
しばらく、固まったままベッドの下を覗き込んでいるみたいだった。
ジュリーさんは、前のめりになってベッドの下へと頭を入れていく。
そして、ベッドの下へと右手を伸ばした。
伸ばした腕を元に戻したとき右手には黒いカバーのスマホが握られていた。
「あ、あった。なんで、こんなところにあるんだろう? さっき、探したはずなんだけどなぁ」
ジュリーさんは、誰に言うともなく言い、スマホを手にして、ベッドに寝転がった。
そして、スマホをイジリはじめた。
その態度に、セレナは、ムカっとした。
ミキティさんや、ムーンさんらへの感謝の気持ちが全く見えない態度だったからだ。人として、まずは感謝の言葉をかけるのが礼儀だろ!
セレナはジュリーさんの足先をチョンチョンとした。
「ん? どうした?」
とジュリーさんが、スマホから目をはなしてセレナを見た。
「あの、スマホが見つかってよかったですね。でも、ミキティさんや、ムーンさんは、一緒に探してくれたんでしょ。まずは、ありがとうでしょ?」
セレナは、怖い顔でジュリーさんを睨んだ。
「なんだ、それ。オレに説教してんの?」
「あなた、その態度はなんなの? 人としてどうなの? 絶対に許せない!」
セレナは顔を紅潮させて言った。
「上等だよ。喧嘩ならやるぞ! おもてへ出ろや! いっとくけど、オレは柔道経験者で黒帯なんだぞ」
ジュリーさんはベッドから降りて、立ち上がり、セレナを睨みつけた。
そして、両手をあげて構えた。
「それが、どうしたっていうの? 喧嘩で勝つのは、どういう人間だから知らないみたいね」
「強い奴に決まってるじゃねぇか!」
ジュリーさんは、セレナの目と鼻の先まで近づいて言った。
「あなた、バカなの? 喧嘩で勝つのは、あとさき考えずに、残酷になれる奴よ。そして、私は、誰よりも、残酷になれる」
セレナは、そう言って、キャビネットにあったマグカップを床に激しく投げつけて割った。
マグカップの割れる音と破片が、あたりに飛び散った。
それに、ジュリーさんが一瞬、ひるんだ。
その隙を狙ってセレナは、ジュリーさんのみぞおちに拳をめり込んだ。
「う、う、う」
ジュリーさんは息ができなくなって、苦しそうにうずくまった。
「わかった? わかったら、もう、偉そうな口、きくんじゃないよ」
セレナは、うずくまって声のでないジュリーさんの背中を足で蹴飛ばした。
ミキティが「キャー!」と甲高い声をあげた。
ムーンさんはジュリーさんのそばに駆け寄り、背中をさすって「大丈夫?」と声をかけた。
セレナは自分の荷物を持って部屋を出ていった。
こんな部屋で、あんな奴と一緒に過ごせるわけがないじゃないか!
いますぐ、東京へ帰るんだと思った。
靴を履いて外へでた。
バス停までの道のりで夜風にあたっていると、少しずつ冷静になってきた。
今日の、私、ちょっと変だなぁ。
ブレーキが壊れちゃったのかしらと思ったら、すぐ横に沖縄オバァが出てきて「また、派手にやったねぁ」と言った。
「ふん! 悪い奴を成敗しただけだよ」
「今日のバスは終わってるよ。バス停で野宿でもするつもりかい?」
「うるせぇなぁ、ババァ」
「え? 指導霊さまに向かって、なんですか!」
「ババァはババァじゃねえか。ワシは悪くないじゃろ。カバチよ!」
いつになくガラの悪い言葉づかいだなと自分で思いながらセレナは星空を見上げた。
カバチって、広島弁じゃん、私、やっぱり、興奮すると田舎の言葉が出てくるんだなぁと、ちょっと泣きたくなった。
「でも、暴力はいかんぞ。暴力は」
「暴力ったって、向こうが手を出しそうになっていたんで、先にやっちゃっただけでしょ。正当防衛じゃないかなぁ」
「先に手を出したのはお前さんじゃろ?」
「正当防衛って、殴られるまで待たなきゃいけないの? 私、痛い思いしたくないもん。敵がミサイルを撃ちそうになった瞬間、ミサイル基地を叩いてもいいんじゃないかなぁ? ミサイルが日本領土に着弾して、日本人が何人か死なないと、正当防衛は成立しないわけ? なんか、おかしい氣がするんだけど?」
バス停に到着した。
ベンチには、簡単な屋根がついていて、雨が降ってもしのげそうだった。
そこにセレナはキャリーバッグを置いて座った。
あああ、ここで野宿でもするかと思い、セレナはため息をついた。
「宿に戻ったら、どうだ? お腹もすいただろ?」
「それは、絶対に、嫌。魂が嫌がってる」
「いや、お前さんの魂は、あの宿での経験を求めておるぞ」
「いい加減なこと言わないで! 殴るよ!」
「指導霊を殴れるもんか!」
「やってやろうか!」
セレナは、沖縄オバァに向かってストレートパンチをお見舞いした。
空を切るような手応えのないものだった。
次々とパンチを繰り出したが、どれも、空を切るだけだった。
そうか、霊だったなぁ。
霊と喧嘩してどうするんだよ、バカだな、とセレナは不貞腐れて、ベンチにゴロンと横になった。
寝転がって目を閉じ「ああ、やっちまったなぁ」と思った。
「そんなことして、お前さんの魂は、喜ぶのかい?」
そう言って沖縄オババは消えた。
バス停の屋根の向こうに白い三日月がユラユラと揺れているように見えた。
モワッとする暑さのなかに風が吹いて少しばかり心がやすらんだ。
なぜだか、涙がスウゥーと流れ落ちた。
議論して勝っても、喧嘩に勝っても、気持ちは晴れない、魂は、ちっとも嬉しくない!
どうしちゃったんだろう?
私、壊れちゃったのかなぁ?
宿についていきなり、こんなことになって、もう、東京へ帰るのかと思うと、たまらない気持ちになった。
クソ! クソ!
そんな汚い言葉しか頭に浮かんでこない。
何が悔しいのか、何に腹を立てているのか、自分でもわからなくなった。
「こんなところで、何をしているんですか?」
三日月と重なるように、ワタナベさんの顔がムワッと視界に入ってきた。
「はっ!」
セレナは、ビックリして起き上がった。
「何か、悲しいことでもあったのですか? 宿のガイダンスの時間に参加されていなったので心配しました。夕食も自己紹介タイムも終わってしまいましたよ」
そう言って、ワタナベさんはセレナの隣に座った。
「私、明日、東京に返ります」
セレナは星空を眺めながら言った。
「そうですか。ま、でも、今夜は、宿に泊まってください。お腹もすいたでしょ」
「宿かぁ」
セレナは、ワタナベさんの顔を見ることができなくて、いつまでも星空を眺めていたいなぁと思った。
そのとき、セレナのお腹が「グぅ」と鳴った。
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