第13話 個性的な同室者たち


木の香りのする部屋だった。

壁も床も丸太をくり抜いた感じの温かみがあった。

テーブルもキャビネットも椅子もベッドもみな木製で、セレナは木の香りを深呼吸したくなった。


実際、深呼吸を何度かやってみた。


ベッドが4つ並んでいて、3つのキャリーバッグが、ベッドの脇にあった。

他の人たちはもう部屋に来たんだなとセレナは思った。


荷物を部屋に置いて、どこへ行ったんだろう? 

別棟にあるという大浴場へでも行ったのかな?


セレナは、キャリーバッグが置いていないベッドの脇に自分のキャリーバッグを置いた。



窓を開けると、モワッとする夏の暑い空気が入り込んできた。

せっかくのクーラーの冷気が逃げてしまうと思ってすぐに窓を閉めた。


窓からは、緑の山なみが広がった向こうに東シナ海のゆるやかに揺れる波が見えた。小さな漁船がゆっくりと滑るように移動していた。

白と灰色がくっきり色分けされた入道雲がたくましく立っていた。


部屋のドアが開いて、黒い破れたジーンズに黒いシャツを着た女性が入ってきた。

ドキッとしてセレナは振り向いた。

そうか、この宿は4人1組の相部屋だった、そうやって魂の友を作るのがコンセプトなんだよなぁ。


どんな人と魂友になるのかとワクワクする気持ちなどなかった。

逆に、変な人と同室にならないように祈るばかりだった。


部屋に入ってきた女性は、目のまわりを黒く塗ったヘビメタメイクだった。

鼻にはピアスがついていた。


いま、思えば、同じバスに乗った人々のことをよく見ていなかったなぁとセレナは思った。



「くそ! 腹が立つなぁ!」

ヘビメタメイクの女性がそう言って、ベッドに寝転がった。



どうしたの? と声をかけようとしたが、怖くてできなかった。

怒っている人には、近づかないにかぎる。


そういえば、バスのなかで大きな声で電話をしていた女性だ。

男に別れ話をしていたなぁとセレナは思い出した。


ヘビメタメイクの女性が半身を起こしてセレナに目を向ける。

「あんたが、4人めの同室者ね。私はジュリー、あんたは?」


「セレナです」


「え? それ、本名? ま、どっちでもいいんだけどね。私も、ジュリーってのはステージネームだしね」


ステージネーム?

どういうこと?

ヘビメタをやるミュージシャンなのかしら?



まさか!

いずれにしても、あまり有名じゃないステージに立つ人ってことね。

夢をあきらめきれない、中途半端な人間ってとこかしら。


「そうなんですか」

セレナは小さな声を漏らして自分のベッドに腰かけた。

「本名です」と言ったがジュリーさんは聞いていないようだった。


「こんな宿に来るんじゃなかったぜ。クソッタレ」

とジュリーさんは毒づいた。

メイクが濃いので年齢はよくわからないが、たぶん、セレナと同年代か、少し上くらいだろう。


そこへ子猫を抱いた女性が入ってきた。

映画『下妻物語』で深田恭子が着ていたようなフリルとレースのついたピンク色のワンピースを着ていた。


死にそうな猫を連れてきた女性だった。

この女性がメルヘンチックな雰囲気なことも、いままで全然気づかなかったなぁとセレナは思った。


そもそも、私は、他人に興味がないのかもしれないなぁ。



「ごめんなさい。バス停まで見てきたんだけど、見つかりませんでした。お役に立てずにすみません」


ピンク色の女性はセレナを見て

「あらぁ。同室のメンバーですね。よろしく。私のことはミキティと呼んでくださいね」と嬉しそうに言った。


猫が元気になったので嬉しくてたまらないのだろう。

怒りをあらわにするジュリーさんとは、対照的だなとセレナは思った。


「私はセレナと呼んでください」

とセレナが小さな声で言ったとき、突然、ガタンっと大きな音が部屋に響いた。


「なんだ? 何があった?」

ジュリーさんがびっくりして立ち上がった。


ぐるぐると部屋中を見回すジュリーさんが「この宿は、壊れかけてるのか?」と、また嫌味を言うのだった。


すると、今度は、ガラス窓がガタガタと鳴って、スウっと開いたのだ。


え? 

マジ? 

どういうこと? 


私がちゃんと閉めてなかったのかしら? 

どうしよう? ジュリーさんが、また、怒りだす。


と思ったら、逆だった。



「怖い、怖い、怖い! 何だよ、お化けかよ」

とジュリーさんは床にうずくまって小さく震えだした。


なんだ、お化けが苦手なのか?



そこへ背の高い女性が入ってきた。


同室人のようだ。たしか、バスのなかで、何かを祈っていた女性だ。

いったい、何を祈っていたのだろうか?


「宿のスタッフに聞きましたけど、落とし物は届いていないそうです」

と上品なもの言いだった。


紺のブレザーにプリーツスカート、ごく自然な感じのメイク顔だった。

伝統的ないでたちで上品な雰囲気をもった女性だった。


プリーツスカートの女性がセレナを見つけて「同室になりますので、よろしくお願いいたします。わたくしのことは、ムーンと呼んでいただけると幸いです。あなたさまは、どのように呼べばよろしいでしょうか?」


「セレナでお願いします」

とセレナは言って、ペコリと頭を下げた。


セレナは回れ右をして窓を閉めた。


窓のサンには赤色の姿をした小さな少年が座っていた。


ワタナベさんがたしか『キジムナー』と言っていた妖精だ。

セレナにしか見えない妖精。


キジムナーはカーテンレールへ飛び移り、ハンガーかけへと飛んでいった。

そこにかけてあったカーディガンやら、シャツやら、タオルやらを次々と落としていった。


ドサドサっとそれらが落ちる音がした。



「え? なに、なに! 何が起きてんだよ。この宿にはお化けがいるのかよ」

とジュリーさんが甲高い声を出した。



キジムナーは床に降りて、ジュリーさんの横に座った。そして、泣き出したジュリーさんの横に、スマホを置いてニコニコと笑った。

そして、キジムナーはそのスマホを足で蹴って、ベッドの下へもぐらせた。


「そういうことか」

とセレナはつぶやいた。


それにしても個性的な人たちだなぁとセレナは思った。


ヘビメタのジュリーさんは常にイライラしていて、周囲に上目線で指図する。

そして、「ありがとう」の一言もない。

ちょっと腹の立つ存在だ。


メルヘンチックなミキティさんは空気が読めないみたいだ。

ジュリーさんがイライラしているのに、ニコニコと嬉しそうにしている。

ちょっと苦手なタイプだ。


トラディショナルな服が似合う上品なムーンさんは別世界の人のようだ。

お金持ちのお嬢様かもしれないし、キャリアウーマンかもしれない。

それにしても、バスのなかで何を祈っていたんだろう?


セレナは、ちょっとうんざりしながら、窓の外へと視線を向けた。




































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