第11話 ワタナベさんはタダ者ではない!

初老男性のあとをマブイ(魂)を落とした人々がゾロゾロとついて歩いた。

セレナは1番後ろを歩きながら、みんなの後ろ姿を眺めた。


ガンの告知を受けたという男性がグッタリとなった猫の入ったペットキャリーを持った女性にしきりと話しかけていた。

女性は少しイラついているように見えた。


他の人たちは、他人には興味がありませんとでもいうように、無言で歩いていた。

この人たちと4泊5日をともに過ごすのかと思うと、セレナは少し憂鬱になるのだった。


 初老男性の名前はワタナベといい『魂友と出逢える宿』のオーナーである。

簡単な自己紹介でそう言っていたのだ。


「みなさんの自己紹介は、宿についてからお願いしますので、夜の交歓会を楽しみにしてくださいね」とワタナベは人懐っこい笑顔を浮かべたが、つられて笑う者は1人もいなかった。


 ペットキャリーを持った女性が金切り声をあげた。

「だから、そんなこと言わないでください! 人の感情を逆撫でするようなことを言って喜んでいるんですか?」


怒りの矛先はガンの告知を受けた男性だった。


「だから、すぐに動物病院へ連れていったほうがいいって言ってるだけなんですよ。それを、そんなに怒ることないじゃないですか?」


 ガン男は困惑したように言った。


「もう、ほおっておいてください! 私は、この子と一緒に死ぬんです! そのために沖縄に来たんです」


「だから、そういう考えはよくないって言ってるんですよ」


「どんな考えをしようと、私の自由じゃないですか! あなたには関係ないですよね」


 ペットキャリーの女性は、ガン男から離れてワタナベさんのもとへ駆けていった。


女性はバッグを置いて、ペットキャリーだけを胸に抱いてワタナベさんに懇願するような視線を向けた。


ワタナベさんに助けを求めようとしているようだが、適切な言葉が見つからないようだった。


「困りましたね」

とワタナベさんは苦笑した表情で言い、女性からペットキャリーを受け取った。


なかから子猫を取り出し、ワタナベさんは胸に抱いた。



「私には死ぬ自由もあるはずです。それを他人にとやかく言う権利はありませんよね。私は正しいですよね」

と女性はワタナベさんに同意を求めた。


ワタナベさんは、唇に人差し指をあてて『静かに』というゼスチャーをした。

そして、グッタリとした子猫を抱いたまま、道から外れて急な斜面を登っていった。



え? どうしたの? どこへ行くの?



女性がワタナベさんのあとをつけて斜面を登っていく。


ガン男や祈り女子らもそのあとに続いた。

セレナも、氣になって登っていった。


そこには見事な枝ぶりのガジュマルの木が両手を広げて歓迎するように立っていた。


夕陽に染まるオレンジ色の雲がガジュマルの向こうに広がっていた。

海風が優しく吹いていた。


ワタナベさんは、子猫をガジュマルの木のしたにそっと寝かせた。


そして、ワタナベさんは子猫の前にゆっくりと腰を下ろした。

蓮華座に足を組んで座り、手はチンムドラの形をつくって膝の上に置いた。


瞑想をするみたいだ。


どこか厳粛な雰囲気が漂い、邪魔をしてはいけないという空気になった。


子猫はまさに息を引き取る寸前のように思えるほど、精気がなかった。

もう、死んでしまったのかもしれない。


ワタナベさんは何をしようとしているのだろうか? 


子猫を弔おうとしているのだろうか? 


子猫はもう死んだのか? 


まだ、いきているのか? 


近くに動物病院はあるのだろうか? 

あるなら、一刻も早く連れていったほうがいいのではないか?


いろんな疑問がセレナの頭をかけめぐった。


すると、そのとき、ガジュマルの生い茂った葉隠れから、赤い影がスススッと降りてきたのである。

全身が赤く、長い髪も赤い体毛も赤い、小さな子どもが、草むらに横たわった猫を覗き込んだ。


覗き込みながら、ゆっくりと猫の周りを回っていた。

人間とは思えないほど小さく、動きも浮遊しているような軽やかさだった。

赤い肌も赤い髪も赤い体毛も、どこか神々しく輝いているように見えた。


え? なに? どういうこと?


セレナ以外の人には見えていないようだった。


ワタナベさんは目をつむって瞑想しているので、もしかするとワタナベさんがこの妖怪を呼んだのかもしれない。


いや、まさか! 


でも、この妖怪はいったいなんなの? 

で、なぜ、私だけが見えているの? 


赤い妖怪は細長い腕を伸ばして猫の額に手かざしをした。


霊氣を送っているのだろうか? 


それとも、ご臨終という意味合いなのだろうか? 



どこかイタズラ小僧が遊んでいるような雰囲気があった。

しばらく猫の表情を注視していた赤い妖怪は、ふと顔をあげてセレナを見てニコリと笑った。


え? なに?


猫がまぶたを開けて、首を左右に回し、ご主人を探すかのようにミュアと鳴いたのである。

そして、猫は自分の足で立ち上がり、ご主人のもとへ軽やかな足どりで駆けていった。



え? どういうこと? 猫が元気になっちゃった。



ワタナベさんは目をあけ、そばにいる赤い妖怪と視線を合わせてうなずいた。


『ありがとう。よくやった』


『いえ、どういたしまして』

とでも言っているのだろうか?


このワタナベさん、タダ者ではないぞとセレナは思った。




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