第3話 東京はマブイ(魂)を落とす場所

沖縄おばばのユタがキリリと口びるを引き締めて、何か呪文のようなものをブツブツと言っていた。


目を閉じて頭を上下左右に振る。

細長い植物の葉で作った棒状のものを右手に持って上下に振っていた。

左手には、塩をもっていて、それをセレナの肩に振りかけるのである。

何かの儀式のような厳粛さがあった。


しばらくして、沖縄おばばのユタが動きを止めて目を開けた。


「何をやってるんですか? その手に持っているものは何ですか?」

セレナは好奇心から尋ねた。


「ああ、これか、これはサンという神事の道具じゃ。ススキの葉で作るんじゃ。そして、これがマース。沖縄の方言で塩のことをマースという。これから、お前さんのマブイ(魂)を元の世界に戻すからな。準備は整った。いまなら、まだ引き返せるぞ、次の人生へ進むこともできるんだぞ。どうする? 元の世界へ戻る覚悟はできたか?」


「え? 覚悟がいるんですか?」

セレナの心が少し揺れた。


どうしよう? 


覚悟なんて何もない。

ただ、私を線路に突き落とした犯人を突き止めたいだけだった。

そこに、どんな覚悟がいるというのだろうか?



「そもそも、お前さんは、何年も前に、マブイをどこかに落としておった。東京には、マブイを落とした連中であふれておる。

ゾンビに見えた連中がおったじゃろう。あれは、みな、マブイを落とした人間たちじゃ。

いや、マブイがないから人間じゃないさね。マブイを落とした人間は生きる屍、まさにゾンビだよ。

怖い、怖い、こんな怖いところで、お前さんたちは、よく生活できるもんさねぇ。

元の世界に戻ると、またマブイを落としてしまうぞ。東京とは、そういう場所さぁ」


「魂を入れてもらっても、東京で暮らしていたら、またいつ魂をなくしてしまうかわからないってことですね」


「そうじゃ。どうする? やめとくか?」

沖縄おばばのユタがニヤリと笑った。


セレナの迷っている様子がおもしろくてたまらないとでもいうのだろうか、沖縄おばばは、笑いながらウンウンとうなずいた。


「どうしよう?」

とセレナはついつい悩んでしまい、思わずつぶやいた。


「お前は、夢とあこがれを抱いて広島から東京へやってきた。広島の者たちは、地元の大学か、都会へ出るにしても大阪か京都の大学を選んだはず。なのに、お前は東京の大学を選んだ。それは、なぜだ?」



「それは、やはり東京は日本の中心だし、テレビドラマを見ても東京が舞台だし、グルメ情報でも東京のお店が紹介されるし、ファッションも原宿や渋谷が出てくるでしょ。私もおしゃれな服を着て、原宿や青山を歩いてみたいって思ったのよ」


「なるほど、それで東京の大学へ進んだわけだ。で、おしゃれな服を着て原宿や青山を歩いてみて、どうだった? 幸せを感じたか?」


「それは、もう、大興奮でしたよ。でも・・・」


「でも、なんだ?」


「すぐに飽きました。バイトで貯めたお金をバーっと使って、ただ街を歩くだけで終わり。お金がもったいなぁって思うようになってやめました」


「就職先は広告代理店だったなぁ。マスコミとの接触もある誰もがあこがれる業界だ。そんな世界で働いてみて、どうだった? 幸せだったか?」


「幸せだったか、不幸だったかって言われると、どっちでしょう? 少なくとも幸せではなかったですね。かといって、不幸でもなかったような氣がしますけど」


「よく考えてみな。お前さんが追い求めた幸せは、広告業界やマスコミが創り上げた幻想じゃないか? 自分の魂が求めたものじゃない。だから、魂は常に悶々として、いつしか、魂が肉体から離れてしまう」


「ええ、そうかもしれませんね」

セレナは元気なく言った。


「お前たち広告業界の者たちの大罪だぞ。

毒のような加工食品をさもおいしそうに見せて買わせ、すぐ時代遅れになって着られなくなるような服を買わせ、うさぎ小屋のような家を建てさせるわけだ。

キラキラと輝く幻を見せて、さあ! 24時間働いて、そんな夢のような生活を手に入れましょうって洗脳するわけだ。

お前たちは幻想を追い求めて、奴隷のように働き、心も体もクタクタになって枯れていく。魂は悲鳴をあげていても、無視するものだから、みなゾンビになっていく。東京はまさにゾンビ製造工場と化している。違うか?」


セレナはぐうの音も出なかった。


「それでも、元の世界に戻りたいか?」

セレナはしばらく考えて目を閉じ、指を眉間にあてた。

目のつけ根を軽くマッサージしてみる。


ゾンビとして生活するのはウンザリだし、また、あの人生を送るとなるとゾッとする。


沖縄おばばの言う通り、魂が悶々とするというのがわかる。

しかし、私の背中を押した犯罪者を野放しにしていいのか? 

おそらく、警察は、私が足を滑らせて転落した事故死として処理するだろう。そんなの嫌だ。


「ん?」


ちょっと、待てよ! 元の世界に戻ったら、やり直せるってことじゃないのか? 

なんで、それに氣づかなかったんだ? 

魂が悶々とする人生を送らず、魂が喜ぶ人生を送ればいいじゃないか!


東京がマブイを落とす場所なら引っ越せばいい!

それだけのことじゃないか。


そこまで考えが到達したときに、ハタと目を開けた。


「沖縄おばば! 私は元の世界に戻る。さあ、早く、戻してください」

セレナはキッパリと言った。


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