第2話 沖縄のユタが指導霊


え? どういうこと? 私は、どうなったの?


 誰かに背中を押されて、線路に落ちて、そこへ電車がやって来た。

とすると、私は死んだの? 


でも、意識はあるよ。生きてるの? 


何も見えないけど、どうなってるの? 


よく、人がなくなるとき、いままで生きてきた思い出が走馬灯のように駆け巡るというけど、そもそも、走馬灯ってなに? 

そんなもの見たことないんだけど。


セレナは、そんなことを考えながら、鼻を指でこすろうとしたが、鼻も指もみあたらなかった。


 肉体がなくなって、意識だけになったってこと? 

意味がわからないと、セレナは頭を抱えるのだが、実際は、その頭もなかった。

自分の肉体は立川駅の線路上で電車に引きちぎられたのである。


 で、ここはどこなの? とセレナは思った。


 あたりは、深い霧が立ち込めていた。

ミルク色の世界が広がっているだけで何も見えない。ゾンビの腐臭が鼻をついた記憶が残っていたが、実際には匂いもなかった。


音もない。静寂の世界だった。


 そのとき、ミルク色の煙のなかから、かりゆしウェアに短パン姿の老婆があらわれた。


「あんたは、いま、肉体から魂が離れたんだよ。でも、いまなら選べる。また、もとの世界に戻るか、それとも、このまま宇宙に溶け込むか? どうする?」

老婆は、セレナにそう語りかけたのだが、声が聞こえたわけではなく、セレナのイメージの世界に出てきた音だった。


老婆の姿も声もセレナがイメージしたものだった。


イメージの世界ではなんでもアリなんだと思うと、自分の姿もそこに映し出すことができた。


「わかるかい? イメージすることは霊的な能力なんだよ。イメージの世界では、自分の体も、声も、匂いも、肌感覚も、ちゃんと味わうことができるだろ。肉体はなくなったはずなのにね。それに、私の姿だって見えるだろ? あんたが、もといた世界も、実は、こことさほど変わらないんだ。振動数が高いか低いかの違いしかない」


セレナには、ちょっと理解できなかった。

いったい、なんのことを言っているのか、さっぱりわからなかった。


「で、あなたは、誰なんですか?」

セレナは、老婆に真顔で尋ねた。


「ユタだよ」


「ユタ?」


「沖縄に住む霊能力者さね。あんたの守護霊が、ワンを指導霊に指名したのさ。だから、こうして、あんたの魂を指導しにきたってわけさぁ」


「指導霊さま? どういうこと?」


「それは、こっちが聞きたいよ。ま、あんたとは、長いつきあいになるから、おいおい探していくさね。まずは、どちらを選ぶか言ってごらんよ」


「ちょっと、その前に、お聞きしたいんですが、私は死んだのでしょうか?」


「うん。死んだね。誰かに突き飛ばされて、線路に落ちて死んだ」


「私は、突き飛ばされたんですか?」


「そうだよ。そうとう、あんたに恨みを持った奴が、あんたに殺意を抱いていたんだね」


「え? じゃ、私は、殺されたってことですか?」


「そうなるねぇ?」


「犯人は誰なんですか?」


「誰だと思う? あんたに恨みを持っていた奴は、案外、多いよ。立川駅であんたを待ち伏せして、犯行に及んだんだからね」


「いったい、誰なんですか?」


「そんなことよりも、どうするんだね? 元の世界に戻るのか? それとも、このまま宇宙に溶け込んで、次の人生を歩むのか?」 


「どうしよう?」

セレナは悩んだ。


自分を殺した犯人をつきとめて警察に突き出したいという衝動が襲ってきた。


セレナは正義感が強く、不正や悪事が絶対に許せなかった。


会社でも、そのことでいつもトラブルになった。

就業時間内におしゃべりしている女性従業員を見ると許せなかったし、社内不倫にうつつを抜かして仕事をおろそかにしている男子社員が許せなかった。


お気に入りの部下にばかり優遇するえこひいき上司が許せなかった。


直接注意することもあったし、人事部に訴えることもあった。

それで、セレナは社内で煙たがられるのであるが、自分は間違っていないのになぜだという思いに奥歯を噛み締めるのだった。


「決めた。元の世界に戻る! そして、犯人を見つけ出す!」

セレナは、そう言ったあと、ハッと氣づいたように尋ねた。


「でも、私、死んだんでしょ? 元の世界に、戻れるの?」


「戻れるよ。人生は選択すればいいだけだからね」


さも、当たり前だといわんばかりに、沖縄おばばのユタが言った。





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