【沖縄おばばの教え】マブイ拾い
レジェンド井伏
第1話 魂が悲鳴をあげている!
6月の梅雨どき、空は曇っていた。まだ、雨は降っていない。セレナはいつも早めの電車に乗る。駅の改札を抜けて、東京・立川駅、中央線のホームへと降りていった。
色彩を失った男女の群れが整列して電車に乗っていた。
朝のラッシュ時は色彩を失った群れがあふれていた。
群れたちは沈黙しているのだが、警笛やアナウンスなどの騒音が耳をつんざくほどだった。
満員電車が走りだし、次の電車を待つ行列ができていた。
スマホに目を落とす者、イアフォンから流れる音楽に目を閉じている者、文庫本を読んでいる者など、誰一人として幸せそうに笑っている者はいなかった。
色彩を失った群れのなかで、セレナはこめかみを指で押さえていた。
『魂が悲鳴をあげている』と思った。
上司の言葉がフラッシュバックしてくるたびにセレナは奥歯をグッと噛みしめる。
そして、顔がゆがむ。
胃液があがってきたのか、胸焼けがしてセレナはみぞおちを手で押さえた。
『なにを考えてるんだ! こんな忙しいときに、辞められちゃ困るんだよ。お前は、責任を放り投げて、逃げ出すのか?』
セレナが退職届を提出したときの上司の言葉だった。
『お前は、どこまで会社に迷惑をかければ氣がすむんだ。自分のことばかり考えずに、少しは、会社のことを考えたらどうなんだ。自分勝手な、エゴのかたまりだな、お前は』
とまで言われた。
その言葉が何度もセレナの頭のなかでリフレインされる。
ハゲあがった頭に、タバコのヤニで真っ黒になった歯をしていて、いつも加齢臭をプンプンさせている上司だった。
従業員の退職届を受理しないのは法律違反である。
労働者には「退職の自由」があり、いつでも解約の申し入れができると法(民法第627条第1項)で定められている。
だから、セレナは円満に退職できるはずだ。
正義は私にある、私は正しいのだとセレナは思い、また奥歯を噛みしめた。
労働基準監督署に訴えようか、それとも弁護士に相談しようか、どうすればいい?
人事部に話したら部長が「わかった」ということだった。
これで、何とか解決するかと思われたが、その後は、何の連絡もなかった。
どうなってるんだ、この会社は!
上司を飛び越えて専務に直訴しようかとも思ったが、結局同じことだろうと思った。
そう思いながら線路の向こうの大型広告板に目を向けた。
墓苑の広告だった。
『安らかにお眠りください』というキャッチコピーが妙に心に響いた。
死んだら楽になるんだろうか?
そのとき、すべての音がかき消され、セレナの心臓の鼓動だけが聞こえた。
ドク、ドク、ドク、ドク、毒!
色彩を失った群れがゾンビになっていた。
え? なに? 幻覚なの? どうなってるの?
セレナは、ゾンビにかこまれていることに氣づいてあたりをキョロキョロと見回した。
お墓から抜け出してきたような青白い顔に深い傷あととチョコレート色の血液が付着した男性ゾンビが目の前をフラフラと歩いていく。
女性のゾンビが破れた紺スーツのタイトスカートから、土のついた汚れた太ももをむき出しにして歩いていた。
何ヶ月も洗髪していないような汚れた長い髪をした女性ゾンビもフラフラと歩いていく。
先きほどまで整列していた人々が、ゾンビとなって乱れ歩いていた。腐臭が鼻をついた。
オレンジ色の電車がホームにすべり込んでくる。
電車がスピードを落とすブレーキの音、響きわたる警笛、それらがセレナの脳髄を直撃しめまいが襲う。セレナは頭を横に振るのだが、よけいめまいがひどくなりそうだった。まとめていた長い髪が乱れてハラリと流れ落ちる。
ドンっ!
誰かに背中を突かれ、セレナは線路に転落した。
セレナは線路の上で倒れてしまい頭を打った。
グッタリとなるセレナのもとへオレンジ色の電車が迫ってくる。
セレナの肉体は寸断され鮮血が飛び散り、あたりを赤く染めた。
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