第8話 星を見ながらの二人乗りって、憧れるよね
「お前、東武本線だろ。JRだと遠回りじゃん」
「いいのいいの。そんなに変わらないから」
一緒にJRの快速に乗り込む。
横向きのベンチはいつも埃っぽい匂いがする。
でも、近くに座ったリカから8×4(エイトフォー)的な石けんの香りが漂ってくる。
「へえ、JRの快速に乗ってるんだ」
「まあな。俺は別に電車は好きじゃないからな」
「二次元の女の子が好きなんでしょ」
ニヤニヤしながら口撃してくる。ま、いつものリカに戻ったな。
JRの快速は結構スピードが出る。
音もタタンタタンではなく、ゴトンガタンだ。
ときどき大きく揺れるんだ。
「あっ」
ガタンと音がするのと同時に、リカが俺の肩に頭をつけ、足に手をつけてしまう。む、胸が近いんですが。
「だ、大丈夫か?」
「平気。ごめんね。バランス崩しちゃって」
触れてきたところに熱がこもっている気がする。
こんな接触があると、
(こいつ、俺が……好きなのか?)
と妄想が始まってしまうんだが、まあ、今日はナシだ。
さっきまで微妙だったしな。
「次は上野東、上野東です。降り口は進行方向右側です」
無機質なアナウンスが流れる。
ドアが開き、俺らは電車を降り階段を上っていく。
俺ら二人が改札口を出る頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
俺は自転車置き場に行くと、リカが電話をかけているのが目に入る。
「おい、リカ。すぐに迎えが来るのか?」
「両親はもうお酒、飲んじゃったみたい。自力で帰ってこい、だって」
おいおい両親、無茶言うな。
こんな暗い道を女子高生一人で歩かせるなんて危なすぎるぞ。
「歩いて帰るよ」
屈託なく言うリカに、
「危ねえぞ……。しゃあねえ。二人乗りでいくか」
「いいの?」
「パンクしたらお前のせいだから」
「失礼ね!」
そう言いながら、リカは何だか声が弾んでいる。
俺は逆にドキドキなんだ。
近い分、ますます石けんの香りが強くなってるからな。
女子高生と二人乗りって、全男子、憧れのシチュエーションだよな。
すると、横掛けしたリカが俺の腰に手を回してくる。
「ちょ! おま!」
「だって、掴むとこないんだもん」
「サドルの下の金具を掴めよ」
「掴めないよ」
しょうがないな。そのまま行くしかない。
「ゴーゴー!」
「ゴーゴーじゃねえよ」
フラフラしながら俺はペダルを踏み、田んぼに囲まれた農道を走る。カエルの声が、かなりうるさい。
「ケンジ、大丈夫? 私が運転しようか?」
ふらつきを心配したリカが提案してくる。
いや、もっとまずい状況になるだろ。
「大丈夫だ。お前は星でも見てろよ」
「ええ? どこがどれだかわかんないよ……。そうだ! ケンジ、歩きながら教えてよ。得意でしょ、星オタクなんだから」
引っかかる言い方だが、まあ、いいだろ。
リカを降ろして、俺たちは満天の星の下を歩く。
俺たちの銀河がくっきりと見える。
「ねえ、ケンジ。これって天の川?」
リカは空を指差している。
よく知ってるなと前置きして、6月の星座の説明を始める。
「リカ、お前、何座?」
「乙女座。9月10日生まれだよ」
「じゃ、乙女座を見つけるか」
昔も乙女座の話を誰かにしたなと俺は思い出していた。
「ほら、あそこが乙女座だ。光ってるのは一等星のスピカだ」
「へえ、キラキラだね」
さっそく乙女座の
「乙女座になったのは大神ゼウスと法の女神テミスの間に生まれた正義の女神ディケーって言われてる。で、なんでディケーが星座になったか、だけど」
「昔、人間が平和に暮らしていた時代は、神と人間はともに暮らしてたんだ。でも、人間たちに欲が生まれ、争い始めたんだ。呆れた神は1人ずつ天に帰り、最後まで地上に残ったのがディケーだ。女神ディケーは人間に正義を教えてたんだが、人間の心がだんだん悪くなっていき、彼女も失望して天に昇ったとされてるんだ」
カエルの声まで何だか悲しく聞こえる。
「へえ。悲しい話だったんだね」
「ああ、昔から地上はクソみたいな場所だったんだな。俺たちが悩んだり苦しんだりするのも、しょうがねえのさ」
暗くなる中、天の川はますます輝きを増し、俺たちの上に小さな光が溢れんばかりになる。
「俺たちの銀河には2000億以上の恒星がある。あの銀河の向こうでも、こうやって悩んでいる奴がいるのかねえ」
軽音の奴らにからまれたり、同調圧力の強い奴に悩まされたり、毎日、悩みが尽きねえよ。
「でも、ケンジ。人間って、そんな悪い奴ばっかりだったのかな? 神様と比べるなんて、かわいそうだよ」
なかなか言うじゃねえか。
「だな。乙女座は星空の神アストライオスと暁の女神エーオースの娘アストライアーって説もある。ま、ローマ神話でも人間に幻滅しちゃうんだけど。でも、このアストライヤーの名前は「星のごとく輝く者」「星乙女」の意味がある。かっこいいよな」
「へえ、ステキだね。アストライヤー……星のごとく輝く者かあ。でも、星乙女って、なんか星ポエムみたいで、色物臭があるね」
「……お前、話を落とすのやめろよ」
結局、いろいろ話しすぎて午後9時を過ぎてしまった。
あとで聞いたら、リカは散々叱責されたんだそうだ。
両親が帰ってこいと話したはずなのに理不尽だな。
「悪かったな」
「ううん。すっごく楽しかったよ。私も星を好きになりそう」
「お、そりゃ、いいね」
「じゃあさ。また、二人で星を見ようよ」
それは、いいんだけど、ちょっと微妙な雰囲気になるからな。
「また、いつかな」
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