第21話 最終話って、別にドラマチックじゃないよね

 ドイツまで14時間のフライトはさすがに堪えた。

 まして、初めての海外だしな。

勉強したにもかかわらず、ドイツ語の看板が全く読めない。


 町なのか、警告なのか、それすら分からない。


「スマホ、様々だな」


 スマホの日本語だけが、俺を不安から遠ざけてくれた。

 とりあえずハンブルク空港から地下鉄に乗って、ハンブルク中央駅まで行く。

 そこで、ブレーメンに乗り換えなのだ。


 でも、そこでLübeckリューベックの文字を見つける。

 サキさんの住んでいる町だ。

 

「16ユーロか……」


 それだけ支払えば、すぐにでもサキさんに会える。

 会って結婚を申し込んだっていい。

 生涯、あんな素敵な人と一緒にいられるチャンスはないだろうからな。


 でもさ。それだと、俺、あの空の下に立てねえんだよな。


 サキくんと見た、オリオン座はさ。夢の象徴なんだよ。

 愛じゃねえ。


 俺が欲しい愛は、恵んでもらう愛じゃないんだよな。

 あいつに手を差し伸べられる愛なんだ。


 俺は28ユーロを支払って、反対側のブレーメン行きに乗り込む。


「まってろよ、Universität Bremenブレーメン大学


 そのまま2等の車両に乗って移動する。

 

(二等もなかなかいいじゃん。恐るべしICE(ドイツの高速鉄道)) 


 そうやって、俺はブレーメンまで到着したんだ。

 

 ブレーメンの中央駅付近に、ブレーメンの音楽隊の銅像がある。

 足がピカピカに光っていて、触ると願いが叶うらしい。


(どうかサキさんと〇〇できますように)


 煩悩丸出しの願いを音楽隊にしてしまった。音楽隊も困惑したことだろうな。


 そのまま、スマホを使って大学まで歩くことにする。

 Bürgerpark Bremenという州立公園をのんびりと歩く。

 緑豊かで水路も多く、たくさんの建物がある。


 日本とは違う場所に来たなと痛感する。


 そうして、ようやくUniversität Bremenブレーメン大学のアドミッションオフィスにたどり着く。


「お、君がケンジくんだね。トミサワ教授から聞いてるよ。愛のために、このブレーメンに来たんだって? ようこそ! 我が大学へ」


 教授……何を話したんだよ。


「じゃあ、大学と寮のシステムについて話すね。ドイツ語がいい?」


「いいえ、英語でお願いします」


 そうして、スタッフから懇切丁寧に留学についての話を聞いた。

 英語できっちり2時間。ドイツ人は契約に厳しいなと感じた。

同時に優しさもね。


 その日から、俺は大学の講義を受け始めた。

 英語の授業は、勉強したとはいえ、やはり聞き取れないことも多かった。

 まして、ドイツ語の授業は、さらに分からなかった。


「ケンジ! 発音!」


 くそ、こいつら子ども扱いだな。それでも、俺は正直、楽しかった。

 こっそりと宇宙工学の研究棟にも行ってみた。


 研究棟の入口には、人工衛星の模型が飾ってある。

 ケースにはアリアンロケットの模型も鎮座している。

 それを見るたびに、テンションが爆上がる。

 

(これだ! 宇宙が近いぜ!!)


 口を開けたまま何10分も見学している日本人が珍しいのか、一人のドイツ人が話しかけてきた。


「君、もしかしてトミサワの推薦したケンジ?」


「あ、はい。ケンジですけど!」


 HPで何度も見ていた顔。宇宙探査システムの権威ブラクスマイヤー教授だった。


「ケンジ。愛のために、この大学に来たんだって?」


 教授はウインクをしながら、ニヤリと笑う。


「また、それですか……。でも、半分はイエスです」


 ドイツは自分が思ったことをズバリと言える分、自分は気楽だったし、合ってもいた。

 

「いいねえ。しかも、君は私の修士課程に来たいんだって?」


「そうです。そのためにドイツまで来たんです。絶対に行きますから!」


 教授は愉快そうに笑うと、応援しているよと一言残して向こうに行ってしまった。


 夢が、夢じゃねえじゃん!


 俺はその日、興奮して眠れなかった。


 §


 ドイツに来て3ヶ月。俺はよくやったと思う。

 英語の授業は、かなり理解できるようになったし、ドイツ語も上達しているのが分かる。

 しかも、こっそりと宇宙工学の棟に出入りしては、どんな勉強をしているのか聞いて回った。友だちも先輩もできたんだ。


 ようやく、サキさんに会いに行ける気がした。日本を出発してから3ヶ月。

 俺は全く連絡を取らなかった。

ダメだったら、もう二度と連絡しないとも告げていた。


 行くぜ! Lübeckリューベック!!

 エロ……限りを尽くしても、い、いいんだよな。

 

 ICEを乗り継いで、俺はLübeck中央駅に立っていた。

 12月の北ドイツは凍てつくような寒さだ。

 すぐ近くに、特徴的な2つの円錐をもつホルステン門があり、それをくぐれば市街地が広がっている。


 待ち合わせは、午後2時に市庁舎前の広場だ。

 そんなに広くないから、日本人がいればすぐに分かる。


 いた!


 黒髪でデニムのボトム、上半身は灰色のニットとドイツ的な服装をきていらっしゃる。

 俺を探しているのか、広場を歩いている。俺はすぐに後ろまで移動する。


「よ、今日、一緒にオリオン座、見ねえ?」


 広場の真ん中でサキが立ち止まった。


「見る!」


 両手でファイティングポーズをしながら、振り返って俺を見つめたサキは、やっぱ可愛いよな。


 俺はゆっくりとサキの方へ歩いて行く。

 後ろに見えるLübeckの市庁舎は、黒くて焦げたような感じのする建物で、歴史を感じさせる。


「じゃあ、反射式の望遠鏡を借りなきゃな」


「買ってあるよ。中古だけど」


「そりゃ、楽しみだ。もしかして、五藤光学製か?」


「そんなわけないでしょ! もう」


 そう言って二人は、北ドイツの空を見上げる。

 日本と違う乾いた風がまとわりつき、やや黄色がかった雲が青空の下に広がっている。


 いつの間にか俺の背中に、サキが頭をつけていた


「本当に来たんだ……」


「俺は諦めねえって言ったろ。ロケットもサキも諦めない欲張りなんだ」


「馬鹿!!」


 俺の背中をサキはドンドンと叩く。


「ああ、見てろよ。オリオン座までいけるロケットなんて馬鹿しかつくれねえから」


 サキがもっと頭をくっつけてくる。


「サキくんと一緒に行く予定だ」


 



                  完


                          2024/6/02 ちくわ天。

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(完結)天体望遠鏡 ちくわ天。 @shinnwjp0888

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