第5話 同中の奴って、最初は話をするよね

 5月になり、高校にもサキさんにも慣れてきた。

 男子の視線は、何だか痛いがな。


「久しぶり」


「ん?」


 放課後の校門に立っていたのは、同じ中学校から進学していたリカだった。

 こいつ、スカートなんか履いてやがる。


 後ろに見える赤茶色の門は歴史を感じさせる煉瓦造りで、後ろに白亜の3階建て校舎が建っている。

 桜はすでに葉桜になっており、涼しい木陰をつくっていた。


 合格発表の時以来だから、会うのは1ヶ月ぶりか。

 日焼けをしてないリカは、改めて見ると、かなり可愛い部類の女子にカテゴライズされる。

 ま、オタクにとっては、どんな女の子でも可愛く見える。


 まして、自分に話しかけてきたりなんかしたら、


(こいつ、絶対俺に気があるだろ)


 と、勝手に勘違いしてしまう。

 最近の俺は、そこまで妄想を広げないぜ。

 己をわきまえたオタクだからな。


 昔、陸上ばかりで真っ黒に日焼けしたリカは、褐色肌にギョロギョロとした白い目が印象的で、正直、女性を感じさせなかった。

 俺が緊張しないで話せた女の一人だ。

 まあ、緊張しないのは三人しかいないんだけどな。


「リカか? 何だよ」


 高校生にもなると女子と気軽に話すのは何だか気恥ずかしい。

 相手は昔と違って、綺麗な美少女になっておられる。

 俺は思わず視線をそらす。


「特に用事はないけど。ケンジ、部活入った?」


「まだ、決めてねえよ」


「ふうん。どうせ、アニメ研究会とかなんでしょ?」


「ほっとけよ」


 当たり障りのない会話をしながら、俺たちはバス停に歩いて行く。

 下校するには、バスが自転車しかないこの高校では、バスが人気だ。

 俺は軽油の匂いが嫌いなんだが、我慢して乗っている。

 自転車じゃ、坂の傾斜がきついんだ。


 校門の左側には歩道があり、そこに沿って400mほど進むとバス停がある。

 やや遠い。登校の時には高校前に停まるのにな。


 高校の周りは新興住宅地で、後ろには畑が広がっており、のどかな雰囲気を醸し出している。

 梨の木の下はタンポポが咲き乱れ、まるで黄色と緑の絨毯のようだ。

 自分はこのタンポポ畑が結構好きだったりする。


 リカは俺の目の高さのところに頭があった。

 結構、背が伸びたなこいつ。


「お前は、また陸上か?」


「そのつもり」


「うちの高校、陸上、弱いだろ」


「ま、私もそんなに速くないしね」


 バス停まで残り100m。

 学校のフェンスと歩道の間には側溝があるんだけど、その前で小さな男の子が泣いている。


「ん、どした?」


 見ると、側溝に三輪車が落ちている。

 しかも、この子も落っこちたんだろう。

 顔の擦り傷が痛々しい。


 男の子を見たリカは、近くの家の水道で自分のハンカチを濡らし、その子の頬っぺたを何度も拭いていた。

 勝手にいいのか? 

 俺は、その三輪車を引き上げようとするのだが、タイヤが泥に埋まってるのが目に入る。


(しゃあねえな)


 片足をザブリと水の中に入れ、その三輪車を道路に担ぎ上げる。

 俺の片足も泥だらけになったけど、水道で洗えたから問題なしだ。

 自転車にも水を掛けて、泥を落としてやる。


 男の子は何もなかったみたいに、綺麗になった三輪車にまたがると、そそくさとその場から走り去っていった。

 俺ら二人もバス停に向かって歩き出したが、俺の靴がボシャボシャと音を立てて歩きにくい。


「ケンジ、相変わらずだねえ」


 と、リカがニヤニヤしている。


「何がだよ」


 道路に水の足形をつけながら、俺は歩く。


「じゃあな」


 バス停に着くと、俺はリカから距離をとってバスを待つ。

 リカも別に何も言わなかった。

 バスが来ると、俺は空いているバスのシートを見つける。

 2人がけのシートに座り、荷物を膝の上に置く。

 横は開けておくのがマナーだ。


「ここいいですか?」


 ん? 女性の声?


「ど、どうぞ」


 俺は体を硬くしながら、スペースをもっと空ける。

 女子と近くにいても別に不自然じゃない、唯一の場所がこのバスのシートだ。

 混雑したバスに感謝だ。


 座ってきたのはリカだった。


「リカ!?」


 ニヤリと笑顔を見せながら、リカが隣に座ってくる。

 フワッとした石鹸の香りに困惑する。

 でも、終点に着くまで、俺たちに会話はなかった。

 そんな時代だったんだよ。


 リカは俺より先にバスから降り、俺は一番最後になるまで座席にいた。

 金を出すときに気を使いたくないからな。

 今だったらピッで終わりだから、そんな気遣いも無用なんだろうけど。


 俺が降りていくと、バス停の横にリカが立っていた。


「ケンジ、何で何も話さないの?」


 よく見ると、リカはブスッとして自分を睨んでいる。


「別に無視してねえよ。でも、ほら」


 駅に向かって歩きながら、曖昧に話を濁していた。


「昔は気楽に喋ってたじゃん」


 機嫌は治らない。


「ほら、高校生とかになるとさ。いろいろあるだろ」


「何? いろいろって」


「一緒に歩いてたりすると、付き合ってるとかゴチャゴチャ言われるじゃん。そういうの、煩わしくて嫌じゃね?」


「別に気にしない」


 そうだった。

 こいつは、こういうやつだった。

 何を言われても気にしないで、いっつも笑ってる。

 だから、俺も気軽に話せたんだよな。


「中学校で仲良く話してたんだから、これからもそうしようよ」


 仲良かったかと疑問符がついたが、別に拒否する話でもない。

 こいつとは話が合うし、話してて楽しい。

 逆に避けるなんて、ちょっとダサいな。

 いくらアニメオタクの童貞とはいえ、誰かを悲しませるのはダメだ。


「そうだな」


 俺がそう言うと、リカはホッとした表情になる。

 何だよ、そこまで気い遣ってたのか。


 そんなこんなで、俺とリカはときどき、一緒に帰ったんだ。

 だいたい俺が馬鹿にされて終わるんだがな。


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 星のガイド⑤

 反射式望遠鏡


 ニュートンが考えたらしい。

 肩に担ぐロケットランチャーみたいな形をしている。

 結構安価で、しかも見えやすい。

 自分の中では、天体望遠鏡と言えば反射式だ。

 よく考えれば、基底部の凹面鏡+アイピースだけで遠くまで見えるんだから、すごいよな。


 けれども、欠点もある。

 自分が使っていた赤道儀のないタイプは、天頂付近を見るのが難しかった気がする。

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