第4話 自己紹介って必ずやるよね

 高校の入学式当日。


 初めて入る教室に、同じ中学のやつはいなかった。

 ま、それも気楽でいい。

 出席番号順に座席れと、黒板に指令が書かれてあった。


 廊下側の席の一番後ろまで歩いていく。

 これからお世話になる机は、ありふれた合板の天板に灰色の脚が着いているやつだ。

 小学生の時と全く一緒だよ。


 周りを見渡して机を数えると、このクラスには38人も在籍しているのが分かった。

 道理で狭いはずだよな。


 俺は一番後ろの座席に番号を見つけ、やれやれと腰掛ける。

 1つ前はスズキくん。

 こいつは、俺と同じツボに入ると話すやつ(オタク)で、俺たちは教師に注意されるまで話し続けていた。


 でも、いいだろ。

 初めての高校で、不安と高揚が混じってんだからな。

 開いた窓からは四月の爽やかな風が入ってきた。


 桜の匂いも、それに混じってる。

 俺も窓際が良かったかな。


「じゃあ、自己紹介してもらおうか」


 40後半の男性教師が当然だろとばかりに宣言した。

 ダルい。

 その教師の腰のベルトみたいにダルい。

 何で自己紹介なんてやるんだろうと、俺はいつも不思議に思う。

 スズキも自分も適当に自己紹介をし、あとはこっそり会話を続けていた。


 けれども、突然、スズキが話を止める。

 そして、今、自己紹介している女の子の方を見つめていたんだ。

 周りを見たら、多くのクラスメートがそっちを見つめている。


「附属中から来た河西カサイサキです。よろしくお願いします。」


 凄い。

 教室の雰囲気が変わっちまったよ。

 それだけの美少女だ。


 ほっそりした身体つきと、長い黒髪。

 ストレートヘアが美しく、その中に小さな顔が収まっている。

 まつげも長く、目元も涼やかだ。

 唇も健康そうな桜色で、まるで芸能人が立っているかのようだった。


 俺もしばらく目を離せなかった。

 声もまた、可愛らしいソプラノボイスだ。

 そんな俺とサキさんの目が合う。


「よろしくね。ケンジくん」


 にっこりと微笑むサキさんから慌てて目をそらす。

 ドキドキが止まらない。

 いやあ、青春って奴だな。

 とりあえず、隣の席に美少女がいるこの環境に、俺は心から感謝した。


 まあ、住む世界が違う人種だ。

 進む道は交わらないだろう。

 そう思っていた俺に、1週間後、とんでもない出来事が発生した。


 1年5組の日直は、席が隣同士のローテーションだ。

 初めての日直の日、俺とサキさんは一緒に掃除に取り組んでいた。

 放課後のため、教室には俺たちしかいない。


 沈黙。


 話題がない。

 まさか、ここで「魔法少女ひなの」を熱く語るわけにもいかないよな。

 黙々と西洋ぼうきで床を掃いていると、サキさんが突然話してきた。


「ねえ、ケンジくんって上野西中だよね。もしかして、昔、上野町に住んでなかった?」


 声、綺麗だよなあ。

 英語も上手だったしなあ。


「う、うん。そう……だけど」


「私、2年間、上野町に住んでたんだよ。ケンジくん。もしかして、反射式の望遠鏡、持ってなかった?」


 こんな女の子の口から『反射式望遠鏡』なんて言葉が出るなんて驚きだ。

 もしかして、隠れオタクなのか!

 そりゃ、ないか。


「何で……それ、し、知ってんの?」


「やっぱり! 一緒に星、見たじゃない。忘れちゃった?」


 いや待て。

 俺が星を一緒に見ていたのは男で、名前はサキだったぞ? あれ?

 その疑問が、キョドっていた俺を冷静にさせる。


「別人じゃない? 確かに、俺、星を見てた相棒がいたけど、サキくんっていう男だったよ」


 すると、ぱあっとサキさんは明るい顔になる。

 自分を指差しながら力説する。


「ケンジくん。私がサキくんだよ! って言っても、サキくんって呼んでたのケンジくんだけだったけど」


「……マジか」


 あの時の星空が目の前に広がってくる。

 二人で冬の星空を眺めていた姿が、圧倒的な思い出とともに、俺の胸によみがえってくる。


「ホントに? サキくんか?」


「うん、久しぶり」


 この敬礼みたいな手の上げ方。

 ああ~、なんかサキくんっぽい。

 でも、こんな声と顔だったっけ?


「私はすぐに気がついたけど、ケンジくんは全く気づいてなかったね」


「いや、だから俺、男だと思ってたし」


「確かに、昔は男っぽい格好で髪も短かったもんね」


 短かったって、そんな問題だろうか?

 考えてみてほしい。

 昔、とても大切だった友だちが、実は女の子だったんだぜ。


 俺はショックだよ。

 しかも、まるで芸能人みたいなオーラを纏ってるんだ。

 オタクには眩しすぎるってもんだよ。


「ね、あの反射式の望遠鏡。まだ持ってる?」


「ああ、でも出番はめっきり減ったけどな」


「うん、私も。あの小学生の頃が一番、夜空を見てたかも」


 思いがけず話が弾む。

 相手が気軽に話してくるからな。


「で、サキく、いやサキさんは……」


「サキでいいよ。何か、その方が昔を思い出して、嬉しいし」


 そんなもんか?


「じゃ、じゃあ、サキくんは……」


「ねえ、『くん』は外して呼んでよ」


 ええ、ハードル高いな。


「ええと、サキは」


 思ったより恥ずかしい。

 オタクの耐性のなさをえぐってくる。

 でも、サキさんは嬉しそうにニコニコしてる。

 ま、いいか。


「サキは……今、部活やってんの?」


「ううん。ピアノと英語が忙しくて、やってない」


「へえ」


 どっちも自分は苦手だ。

 とにかく、俺は今でも英語が大の苦手だった。

 コミュニケーションが大事な言語習得は、オタクのシャイボーイには難しい。


 高校入試も、それで危ないって言われてた。

 中3の担任に。

 それでも、国語と理科で巻き返してやったけどな。


 俺の英語が壊滅的だと聞いたサキさんは、


「ね、私、教えてあげようか? 英語は得意だよ」


 と笑顔で提案してくる。

 眩しい。

 でも、いいのか?


「いいよ。放課後の30分なら時間とれるし。昔、星を教えてもらったお礼」


 律儀だよな。

 そんなの、思わなくていいのに。

 でも、サキくんと話せるのはやっぱり懐かしいし、嬉しい。


「じゃ、頼むかな」


 サキさんの顔がさらに笑顔になる。

 早速、来週の月曜から勉強する流れになった。

 凄え。

 

 もしかして、俺。交通事故とかに遭うんじゃね?


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 星のガイド④


 天文ガイド

 現在も刊行されている老舗の天文雑誌。

 内容は多岐にわたるが、自分が一番見ていたのは天体写真投稿コーナーと今月の星空。

 特に天体写真は美しく、宇宙への憧れを高める役割を担っていた。

 また、望遠鏡などのカタログも、こんなのほしい! と購買意欲を高めていた。

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