第3話 中学生ってだいたいダルイよね

 サキくんとの別れの後、俺は地元の中学校に通い始めた。


 中学校ってろくでもないよな。


 自転車が廊下を走ってたし、トイレに煙草まで落ちてたよ。

 お金をもってたら、喝上げされるしな。


 〇ねよ、っていっつも思ってた。

 

 部活もつまらなかったし、先輩はクソだった。

 暇だったから、俺、勉強したんだ。

 勉強だけは、やれば結果が出るから、それなりに楽しかった。

 悪い奴らは勉強したくないから、教室にいないし。


 ただ、俺は英語が極端にできなかった。

 そもそも、発音が分からない上に、聞き取りも難しい。

 ラジオ講座も聞いてみたけど、何言ってるか分からない。


 そして、俺は星の観察時間が減っていった。

 本格的なオタクへと変貌していた俺は、きれいな星空よりも、きれいなアニメのお姉さんに夢中になっていった。

 三次元の女の子と仲良くなるなんて、無理ゲーだしな。


「ケンジ。お前、ノイエラントのアニメ第46話見たか?」


「ああ、きっちりビデオに撮ったよ。神回だな。ヤスミンちゃん、可愛いな!」


 そんな会話だけが無限に積み重なっていった。

 サキくんと話していたアンドロメダ大星雲の話とか、木星の大赤班の話なんて、どこにも出てこなかった。


 ただ、唯一、三次元の女の子と話を出来たのが、学級委員の仕事だった。

 生徒会の一員として、事前の会議なんかに女の子はいた。

 まあ、可愛いかは別として。


 可愛いか、なんて、凄く失礼な話だよな。

 自分は鬼瓦みたいな不細工ニキビ面をさらしているくせにな。

 でも、女子だってイケメンにばっかチョコ配るだろ。

 同じ事だよ。


 この頃の俺は、女の子との会話がやっぱ楽しかったわけよ。

 二次元は会話してくれないからな。


 俺は1組の学級委員で、2組の学級委員にリカって女の子がいたんだ。

 陸上部で1500mの選手だって話だ。

 日焼けで真っ黒な顔と、さっぱりした性格で、女らしくなかった。

 不思議と俺と会話の波長が合った。


 まあ、オタクではないだろう。

 そいつはなぜかスカートを履かなかった。

 もっぱらスラックスなんだよ。


 それが目立つんだ。


 スカートなら隠れているはずの何かがいろいろ見えちゃうんだ。

 それは、中学生の男子には強烈すぎた。

 視線もそっちに、いっちゃうだろ。


 そんな俺の密かなエロの喜びも知らず、リカは笑顔で話をしていた。

 学年の会議にはリカとコズエが参加し、いっつも放課後にダベってた。

 2組男子の学級委員はいっつも欠席してたから、3人でのおしゃべりタイムが1年間続いた。


「ケンジ、あんたリカのお尻ばっか見るの止めなよ」


「はあ? 見てねえし」


 コズエが俺の視線に気付いて、注意をしてくる。

 正直、俺が悪かった。

 でも、そんなのに興味の出る年頃だよな。


「ケンジ、エッチ!」


 微妙に韻を踏みながら、リカは俺を睨んでくる。

 でも、微妙に恥ずかしがっているところが俺的にストライクだ。

 そんなたわいもない話を続けて2年。


 やっぱり別れは突然だった。


「ケンジ。お前、また学級委員やんのか?」


 コウイチが俺にからんでくる。

 俺は誰もやらないなら、またやってもいいと思っていた。

 女の子と話せるからな。


 でも、次にコウイチはこう言い放った。


「お前、内申点のためにやってるだろ」


 俺は内申点が何だか知らない。 

 そうじゃなくて、普通に女の子達と話したいんだ。

 でも、そうまで言われてしまったら、辞退するしかない。


 こいつも、もしかしたら『女子とお話ししたい派』かもしれないしな。


 そんなこんなで、中学3年生はのっぺりと過ぎていった。

 学校の廊下を自転車で走る先輩もいなければ、部活で無駄に威張る先輩もいなくなった。

 でも、俺はつまらなかった。

 基本的に変わり映えしない毎日にうんざりしていた。


 何がやりたいのか分からない自分。

 RPGの主人公になれそうもない自分。

 LとRの発音の違いが分からない自分。

 全てにだ。


 確か中3の10月頃だったと思う。

 あれは今でも、現実だったのか? って不思議に思ってる。


 町の本屋で、サキくんに会ったんだ。


 あれはヤンキーで有名な隣町に行ったときだ。

 本屋でオタクな本を見ていたときに、誰かがいきなり声をかけてきたんだ。


(やばい! カツあげされる!)


 急いで本を元に戻し、その場を立ち去ろうとする。

 車の中へ逃げ込むんだ!


「ケンジくん」


 振り返ると、そこにサキくんがいた(気がする)。

 

「え? サキくん?」


 けれども、俺はサキくんの後ろの悪い子たちの姿をしっかりととらえていた。

 俺見て、笑ってやがる。

 まずいぜ。


「ごめん。サキくん。またな」


「えっ!」


 戸惑うサキ君を残して、俺は外の車へと急ぐ。

 

「待て!!」


 と、悪い子たちが3人ほど追ってきた。

 俺はすぐに車の後部座席に乗り込んだ。

 それを見て、すごすごと帰っていく悪い子たち。


(くそ! 本が買えなかったじゃねえか)


 走り去る車窓から、サキくんが走ってくるのが見えた。

 でも、その後ろから悪い子たちも、ぞろぞろと歩いてくる。


(サキくん!)


 車は無情にもスピードを上げ、その場を走り去っていた。

 あれは本当にサキくんだったのだろうか?


 確かに面影がある気もしたが、髪が長くなっていた。

 さすがに附属中は違うな。


 俺は坊主頭を撫でながら、ずっとあの書店を眺め続けていた。


 その夜、俺は久々に天体望遠鏡を出した。

 駐車場に持っていくかなと考えて、すぐに頭を振る。

 あの誰もいなかった駐車場は、スケボーをする悪い子たちがたむろする場になっていた。

 それが、天体観測をしなくなった、もう一つの理由だ。


 中学生にもなると、運が悪けりゃ職務質問をされちまう。

 溜息をつきながら、俺は発泡スチロールの箱の中に鏡筒をしまい込む。

 キュッキュッと悲しい音を立てて、望遠鏡はその役目を終えるのだった。


 でも、どうしても星が見たくなって、裏の道路を歩きながら、暗い場所を探す。

 少し広い農道を見つけ、当てもなくその奥へ歩いて行く。

 空には、あの頃と少しも変わらない星たちが光っていた。


 秋の大四辺形が天頂付近に見える。

 ペガスス座だ。

 その近くにアンドロメダ座も光っていた。


「アンドロメダ大星雲って、どこ?」


 サキくんが昔、俺に聞いてきたセリフを思い出す。


「腰の辺りだよ。何となくぼやっと広がって見えるよ。写真で見ると凄いよな。あの渦巻き」


「うん。銀河もあんな感じなのかな」


 あの頃と変わらずに、M31アンドロメダ大星雲は広がっていた。

 薄汚れた世界とは真逆の、芸術ともいえる輝く世界。


 その日から、俺はまた、少しずつ星を眺め始めたんだ。

 望遠鏡の代わりに双眼鏡を持ってだがな。


 ---------


 星のガイド③


 アンドロメダ大星雲(銀河)


 アンドロメダ銀河は数千億の星々の集まりです。

 私たちの銀河系も同じ姿をしています。

 満月の5つ分の大きさがあるらしいのですが、私には、ぼやっと広る光芒にしか見えませんでした。


 とにかく、この銀河が有名なのは、その渦巻き姿の美しさにあります。私はアンドロメダ銀河ではなく、ロマンを込めてアンドロメダ大星雲と呼んでいます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る