第6話 軽音部ってだいたいチャラいよね

 1ヶ月ほど、サキさんと英語の勉強をしていたら、軽音のチャラ男にからまれた。

 昼食が終わり、一人で「お~いお茶」を飲んでいる時を狙われた。


「ケンジ。席が隣だからってサキさんと仲良くしすぎじゃね」


 ゴクンと一気にお茶を飲み込んだため、咳き込みそうになる。


 一人は長髪のリョウくん、もう一人はモテモテのイケメン、タイシくんだ。

 二人とも軽音部に所属し、地元でライブ活動もしているらしい。

 シトラス系の匂いが漂ってくる。

 俺が、まっすぐ目を見て話せないタイプだ。


「べ、べつに……」


 サキさんとは、キョドらないで話せるんだがな。

 クラスのモテ男に言われると、ひるむよな。

 リョウくんは髪をかき上げながら、タイシくんは手をポケットに入れながら、同じ事を話してくる。


「勘違いして、サキさんに告白なんかすんなよ」


 そう言って、すぐに俺の前から去っていった。

 俺はと言えば情けないけど、ちょっと卑屈な感じで薄笑いのままだった。

 面倒くさい状況が発生した。

 しかも、結構な男子がそんな目で俺を見ているのを感じる。


 自意識過剰か?


 隣の席なのを利用して、可愛い子に言い寄るオタク。

 調子にのんなって思うのも、何となく分かる。

 

 俺のクラスの友人はスズキだけだし、あとはあんま話せてない。

 目立つのは、もともと嫌いだしな。

 そのため、今日のレッスンが終わったとき、しばらく英語のレッスンはお休みにしたいとサキさんに告げる。


 サキさんは、首をかしげて俺の目を覗き込んできた。


「何か、あったの?」


 女の子ってどうしてこんなにいい匂いがするんだろうな。

 サキさんは、髪の毛からハーブっぽい匂いがするんだよな。

 それだけで、ほわっとした気分になる。


 俺はありのまま、タイシたちが話した内容を伝える。


「確かに、席が隣だからって甘えてたよ。サキさんと仲良くしたい男たちにとってみれば、俺は調子にのってるみたいに見えるんだろうし。クラスの女子だって、私たちとはあんまり話さないくせに男とばかり話すって、サキさんをいい目で見ないだろ」


 サキさんは確かにクラスの女子の中で浮いていた。

 でも、俺が見る限り、周りが勝手に壁を作っているみたいなんだがな。

 サキさんは、同調圧力が苦手らしい。


「教室じゃない方がいいのかもな」


 そんな俺の答えに、サキさんは明らかに怒っていた。


「ケンジくん! ケンジくんはそんなの気にする人? 私に近づくなって、席が隣なんだから、いいじゃない」


「いや、やつらにしてみれば、そうじゃないんだよ。彼氏でもないのに、一緒に勉強すんなって気持ちなんだろ」


「何よそれ。私が誰と勉強しようと勝手でしょ。私、二人に言ってくる。」


 俺は必死でサキさんを止める。

 そんな注意をしたら、まわりから浮いちゃうぞ。

 でも、心の奥で周囲を忖度しないサキさんは正しいなって思ってた。


「ケンジくんは、私と勉強するの嫌?」


「楽しいよ」


 そこは即答。


「じゃ、いいじゃない」


 こういうサキさんの強さは、リカに似てんな。


「もう帰ろ」


 この話はおしまいとばかりに、サキさんは鞄を背負う。


「一緒に帰るの、嫌だって言わないよね」


 にっこりの笑顔が怖かった。

 俺は誰にでもビビリ過ぎなんだろうな。

 人に噂されたら、それを気にしてしまう。


 ダサいな。


 一緒にバス停に向かって歩く。

 ただ、方向がいつもとは違う。


「ね、久々に星を見ない? 夕方、金星が綺麗だよ」


 どうやら学校裏にある、通称、梨公園に行きたいらしい。 


「前ね、この公園を見つけてから、行ってみたいなあって思ってたの。きっと、空が広く見えるだろうなって」


 確かに周りには人家が少なく、大きな工場もない。

 もっと暗くなったら、凄い星空が見えるだろう。

 二人でそんなところに行ったら……と考えないでもなかったが、俺は言い出せなかった。


 この公園は本当に狭く、まわりを梨畑で囲まれている。

 誰が何のために作ったのか分からない20m四方の広場に、小さな東屋しかないのだ。

 到着したとき、太陽はすでに山の向こうに沈もうとしていた。

 金星が見事に輝いている。


「ほら、やっぱり綺麗でしょ!」


 輝く笑顔を見た俺は、貴方の方がもっと綺麗ですよ、と心の中で突っ込みを入れる。


「私ね、昔、2年間イギリスに住んでたの」


 さらっと凄い話をぶっこんでくるな。

 ブラックプールだがホワイトプールだか知らないが、どんなところか想像もつかないよ。


「ケンジくんと初めて会ったのは、イギリスから帰ってすぐだったんだ。あんまり、うまく日本語話せてなかったでしょ?」


 いや十分うまかった。

 でも、英語がうまい理由は分かったよ。

 お父さんが貿易商を営んでいるのもかっこいい。

 西に見える金星がますます光り輝いている。

 だいぶ、空のオレンジ色が減ってきた。


「空気を読めみたいな雰囲気を感じると、息苦しいって思っちゃうの。相手の気持ちを考えすぎて、自分の行動を抑制するのは嫌だから」

 

 いやいや、それは周りから浮いちゃう考え方だし、これだから外国帰りはって言われちゃうぜ。

 でも……、本当は、それが正しいって思ってる自分がいる。

 だから、サキさんは一人で過ごしているのか。


「今日はいつもより、ずっと綺麗に見える」


 サキさんが目を細めてながら、ずっと一点を見つめている。

 これは、俺の出番だな。


「ヨーロッパじゃあ、金星はローマ神話の美と愛の女神ウェヌスを表してる。メソポタミアじゃ美の女神イシュタルって呼ばれてる。金星は輝いているから女神の名前をつけちゃうんだろうな」


 俺は脇の知識を披露する。


「日本書紀に出てくる『あまつみかぼし』と呼ばれる星神は、金星を神格化した神とされてるよ。平安時代にはこんな夕方の金星を『夕星(ゆうづつ )』と呼んでた。枕草子にも『星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし』って書いてるぜ」


「よばひ星?」


 勘違いしてそうなので、俺は慌てて説明する。


「よばひ星っていうのは、昔の流れ星の呼び方さ。昔の夜空でも流れてたんだろ」


 俺は思わず、藍色が広がっていく空を見上げる。

 自分が好きなものを自由に好きって言えれば、こんな金星みたいに輝けるんだろう。

 サキさんみたいにな。


 ここで、気の利いた一言でも言えればいいんだが、俺はその後、ずっと黙ってしまった。

 サキさんも、しばらく黙っていたんだ。


 二人の上に流れ星が流れるまで、その沈黙は続くのだった。

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