第7話 陸上のユニフォームってヤバイよね
「ケンジいる?」
6月の金曜日の放課後だったかな。
俺がサキさんと仮定法過去の練習をしているとき、1年5組の教室に、いきなりリカが現れたんだ。
しかも、陸上のユニフォームを着たままだ。
俺は思うんだけど、どうして陸上選手のユニフォームは、こんなにぴっちりなんだよ。
俺ら童貞にしてみれば、ほぼ裸同然だ。
教室にいた男たちは、思わず前かがみになってたぞ。
無理もねえよ。
「リカ……。お前、せめてユニフォームは着替えてこいよ」
思わず目をそらしながら話す。
リカは自分のユニフォーム姿を一瞥し、ニヤニヤしながら、片目をつぶって俺の方を指差してくる。
「何? ドキドキしちゃった? ケンジ、昔から私のお尻ばっかり見てたもんね!」
「見てねえよ!」
本当は見てました。
みんなスカートを履いていたのに、リカだけはスラックスだった。
しかも、ぴっちりしてたから、こいつの体のラインが強調されてたんだ。
見ちゃうの、無理ないよね。
だって、綺麗だからな。
すると、リカは横で俺たちの様子を眺めていたサキさんの視線に気付く。
「ねえ、ケンジ。この人、誰?」
「いや、誰って。サキさんっていうんだ」
「ああ、学年一の美人さんって評判の?」
言い方に棘があるぞ。俺はこんな言い方が嫌いなんだ。
「リカ! なんだよ、その言い方。嫌な感じだぞ」
リカは横を向いて、
「何よ、カッコつけて!」
そう言うと、教室から走り去っていった。
「何だよ、あいつ」
そう話した自分に、やや硬い声でサキさんが話してくる。
「ねえ、ケンジくん……。あの人、ケンジくんの彼女さん?」
すごい勘違いだ。
あんな爽やか美少女なんて、同じ中学校でもなければ側にも寄れねえよ。
「サキ、俺が星座オタクのアニメ好きって知ってるだろ。そんな男に彼女ができるなんて、2億光年早いってもんさ」
「光年は距離だけどね」
冷静に突っ込むサキさんは、そそくさと英語の教科書をしまい始める。
「今日はここまでにしよっか」
うつむきかげんなサキさんを見て、やっぱりリカの一言に傷ついたんだと俺は少し不機嫌になる。
「ごめん。サキ。気にすんなよ」
サキさんは何も言わずに、さよならだけを言って教室を出て行った。
俺は一人、教室に残されたんだ。
久しぶりに一人で帰るか。
帰りにバス亭でリカを見かけたけど、俺をガン無視してやがった。
俺も別に話があるわけじゃない。
でも、あの言い方には、もう一回、抗議しておきたい。
そこで、珍しく早くバスを降りて、リカが降りてくるのを待った。
リカはなぜか一番遅くに降りてくる。
「リカ、ちょっといいか」
口を横に結んだまま、リカは俺の後を歩いてくる。
駅前にある小さな公園のベンチに俺が座ると、リカも黙ったまま座ってくる。
「リカ、あんな言い方……。お前、なんかあったのか?」
「別に」
「別にじゃねえよ。お前、いっつも明るくて優しいのに」
リカは少しだけ、こっちを向く。
「ケンジだってらしくないじゃん」
「は? 何がだよ!」
「あんな綺麗な人の隣で、鼻の下を伸ばして勉強なんて、らしくないよ!!」
「別に鼻の下なんて、伸ばしてねえから」
「伸びてたよ。3mも。何よ、デレデレして」
リカは明らかに怒っている。理不尽だ。
こいつ……、もしかして俺が好きなのか?
そんな訳ないわ……。オタクはすぐに勘違いするからな。
「久々に部活が早く終わったから、一緒に帰ろうと思ってたのに」
そうだったか。確かに、ここ1ヶ月は一緒に帰ってなかったしな。
俺も入部した地学部で忙しかったからな。
そこで、リカに昔のいきさつを話す。
「サキさんは、小学校の時に一緒に星を見た仲間なんだ。しかも、男だと思ってたから、逆にびっくりしてるよ」
「そっか」
少しだけ表情が明るくなる。
「それに俺の英語、壊滅的なの知ってるだろ。それで高校、落ちそうになってんだからトラウマなんだよ」
「昔、言ってたもんね」
表情から硬さが取れてきた。
「分かったら、次からは学年一だなんて言い方はすんなよ。お前だって、そう言われたら嫌だろ」
「うん。そだね。でも、私は言われないよ」
いや、こいつも学年の美少女ランキングに入っているとスズキから聞いている。
胸も尻も大きいからな。
「何? 今、いやらしい目で見なかった?」
「見てねえよ。でも、お前も可愛いって言われているらしいぞ」
「え?」
「スズキが言ってたよ。学年の美少女ランキングにエントリーされてるって」
「それこそダメじゃん。ケンジ、そんなの嫌いでしょ」
「いや、レッテルは嫌いだけど、綺麗な女の子は人並みに好きだよ」
「そ?」
微妙な話になってきた。
「ケンジも私を……綺麗だって思う?」
……おい。
どう答えたら正解なんだ。
でも、誤魔化すのも失礼だし、正直に話すのが一番だよな。
「うん、綺麗だと……思います」
「何で敬語?」
そう突っ込みながら、コロコロと笑っている。
考えてみれば、こんな公園のベンチで二人きりなんて、ちょっと青春っぽい感じがする。
「じゃあ、一緒に帰るか。ま、駅までだけど」
俺はJR緑ヶ丘線。リカは東部本線。
住んでいる場所は近いけど、乗る列車は違う。
けれども、その日、リカはJRに乗り込んできたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます