第10話 プラネタリウムって独特の雰囲気があるよね

 2年生の秋、うちの地学部は1つのアルバイトを依頼される。

 それは、文化センターにあるプラネタリウムの上映中の解説だ。

 バイトと言っても、お金は出ない。もらえるのはジュースを2・3本だ。


 基本的に団体の客がいない土日の空いている時間帯に人工の星を見て解説するっていうのは、地学部にはいい勉強になる。星空に慣れるっていう意味合いもあるし、11月は天気が悪いから、ちょうどいいんだよな。


「明後日の3日は文化会館での発表日です。各自、練習してきなさいよ」


 部長が全員に薫陶する。

 この部長、すっごく綺麗な女の人なんだけど、俺は嫌われてる。

 オタ話で盛り上がっているのが嫌だったのかなあ。そんなに話もしてくれない。

 ま、もう慣れたけど。


 サキさんやリカが特別なんだよな。


 次の日の放課後、英語の勉強に身が入っていない俺をサキさんは心配する。


「ケンジくん、何かあった?」


 俺は素直に明日の発表が気になってると頭をかく。

 やっぱ、失敗は嫌だしな。


「えっ? ケンジくんが星空の解説をするの? 聞きたい!!」


 マジすか。

 土曜日にサキさんと会えるのは嬉しいけど、確か忙しいんじゃなかったかな。


「明日のレッスンは午後3時からだから大丈夫。練習は朝にするし」


 その結果、土曜の朝9時30分に文化センターで待ち合わせとなった。

 これって、でえとなんですかね?

 妄想全開の俺は、その後、一緒にマクドナルドへ行って、互いにポテトを食べさせるところまで妄想しちまったぜ。


 んで、土曜日の9時30分。本当にサキさんは文化センターにやってきた。プラネタリウムなら、安心して星空を観察できるからな。


 その瞬間、文化センターはちょっとだけざわめいた。


「ね、誰? あの人。すっごく可愛い」


「南高校のサキって人だよ。ピアノが凄く上手いんだってね」


 でも、当のサキさんは全く気にしてなかった。


「ケンジくんの上映は何時からなの?」


「あ、10時30分から。30分かかるけど大丈夫?」


「勿論」


 服装も決まってるよな。

 俺の中では白のワンピースが似合うのは、北川景子か、サキさんかってとこだよ。

 で、とりあえず館内を案内する。


 宇宙に関する常設展があり、その中に俺のつくったブースもあるんだ。


「これ、もしかしてケンジくんの?」


 展示物を指差して、ニッコリと微笑んだ。

 そう、そいつが俺のつくった月面探査機の模型だ。

 当然、近くにはロケットも居住スペースもある。


「なになに。惑星探査に出かけるためには、地球から脱出しなければなりません。そのために、人類はまず月へ基地を作るのです……だって。真面目に書いてるね」


「ふざけてどうするよ」


 口を尖らせて抗議する。

 学芸員の先輩に頼まれて、去年の夏休みに作ったんだ。


「ケンジくんは、星だけじゃなくてロケットも好きなの?」


「んん。ロケットっていうより、宇宙に行ってみたいんだ。まずは月、そして火星だ。月並みだけどな」


「じゃあ、将来は宇宙飛行士になるの?」


 俺は少し考え込む。宇宙飛行士ではない気がする。


「いや、ロケットの設計や宇宙に滞在できる建物を作ってみたい。体力トレーニングは苦手だからな」


「だらしないの」


 そう言いながらサキさんは嬉しそうだった。

 でも、オタクの夢語りは願望が多いからな。そんなに努力もしてねえし。


「サキは、ピアノのコンクールでの優勝が目標か?」


「うん。でも、一番やりたいのはオルガニストだよ」


「オルガニスト?」


「パイプオルガンを弾く人をそう呼ぶの。私、海外の教会の専属オルガニストになるのが夢なんだ」


 俺にはさっぱり分からない世界だ。音楽なんて聞くのはせいぜい初音ミクだ。


「弾きたい曲があるの」


「それって……」


 その時、学芸員のアナウンスが入る。


「南高校のケンジくん、そろそろブースにスタンバイしてください」


 業務連絡ってやつだ。


 サキさんは胸の前でひらひらと手を振って、


「応援してる」


 と、一言言ったんだ。


 その日の俺の語りは、自分でも納得のできばえだった。

 サキくんが隣にいると思ってしゃべったからな。軽口も絶好調だったよ。

 終わってから軽く拍手も出た。まあ、サキさんだろうけど。


 放送ブースから出てきた俺を、サキさんは拍手と笑顔で迎えてくれた。


「ケンジくん、とっても上手だったよ。何だか私に話しかけてるみたいに聞こえたよ」


 その通りです。サキさんに聞いてもらって良かったなあ。

 それだけでもやってよかったよ。


「ケンジ、お前に会いたいって子、来てるぞ」


 学芸員のヨシキさんが俺の胸を叩く。


「女の子だぞ」


 とりあえず、フロアに向かうとセーラー服姿の女子高生が2人立っていた。


「ケンジさんですか? 初めまして。聖愛女学院天文部部長のメグミっていいます。こっちは副部長のケイです」


「な、なんでしょう」


 やっぱりサキさんじゃないと、キョドりがでるんだな。情けないぜ。


「さっきの星の語り、とってもステキでした。分かりやすくて、気持ちもよく伝わってきました」


 やべ! サキさんへの思いがばれたのか?


「それで、実はお願いがあって。今度、私たちの学園と星空合同観測会を実施しませんか? そこで、ぜひ、ケンジさんに星空を解説してもらいたいんです」


 マジッスか!


 あのお嬢様学園から講師の依頼かあ!

可愛い子がいっぱいの女子校で、合同観測会! これは、燃えるなあ!


 その緩みっぱなしの顔に、冷ややかな目線が突き刺さる。サキさまだ。

 冷たい、冷たすぎるぞ……。


「あ、あのサキ……」


「良かったね、ケンジくん。女子校で観測会なんて」


 すっと、さりげなく横を向いてしまわれる。棘があっても美人。

 違うよ、サキさんと一緒に見る方がいいんだよ。


「じゃあ、11月25日の土曜日午後6時にうちの校庭に集合です。よろしくお願いします」


 部長とも話していたようで、仕事が早いぜ。

 でも、25日と聞いてサキさんの顔色が少し変わったのを俺は見逃さなかった。

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