第9話 悪い子たちに、からまれたことあるよね
2年生になり、俺は2年7組になった。
サキさんとスズキが一緒のクラスで嬉しい。
リカは2年2組になり、7組がよかったと残念がってた。
あいつなら、どこでも友だちはできるだろ。
2年生の中での一番の思い出は、不良にからまれた一件だろうな。
9月の始め頃、俺はスズキとサキさんの3人で帰ってたんだ。
俺たちの高校に悪い子はほとんどいない。
でも、近くの工業高校はガラが悪い子たちが多かった。
被害が出るのは、高校近くのバス停を使えない時だ。
その日、俺たち3人は教師の手伝いとやらで、最終バス(といっても17時)に乗り損ねてしまったんだ。
梨公園の方まで歩いて、少し広い県道のバス停まで行く必要があった。
けれど、そのコース上に自動車学校があり、この時期ちょうど悪い子達が運転免許を取りに来ているのだ。
俺たちが歩いていると髪を立てたいかにも『悪い子』に見える高校生が1人、立ちはだかった。
俺たちは無視して横を通ろうとする。
「ちょっと待ってよ」
俺の首に腕を巻き付けてくる。
「ええ! こっちの女の子、めっちゃ可愛いいね。俺と友だちになってよ」
「嫌です」
サキさん、容赦ないなあ。
「ね、少し話をしよ」
「それより、ケンジくんを離して!」
珍しくサキさんが怒ってる。
怒っても美人。
一人だけかと思っていたら、後ろから何人か悪い子達が走ってくるのが見える。
俺はスズキに目配せし、走って逃げろと合図する。
「なあ、いいだろ」
悪い子がサキさんに手を伸ばそうとしたとき、俺は夢中で悪い子の腰を掴んでいた。
「逃げろ!!」
「ケンジくん!」
「いいから逃げろって!!」
スズキがサキさんを連れて走っていく。
ナイスだ! スズキ。
後ろを見たんだな。
「この野郎!!」
手を振りほどいて、俺の腹を蹴りつける。
ボクっと鈍い音がして、俺はその場に倒れてしまう。
バイオレンスは苦手だ。
そのあと、後続も到着して、俺はフルボッコ。
「北工業をなめてんじゃねえぞ!」
誰もなめてない。てか、近づきたくなかったな。
女を逃がしたのが気にくわないのか、最初の悪い子が執拗に蹴ってくる。
顔に掛けていた眼鏡が吹き飛び、鼻の頭から流血する。
「馬鹿! お前、顔は止めとけって」
「いや、こいつ、なめた真似したから」
すでに、俺の身体はあちこち痛い。
歯止めがきかない馬鹿も一定数いるのだと、俺はつんとする血の匂いの中で理解する。
やがて、一人の男が俺の前に立った。
「あの、こいつ同中なんで、もう許してもらっていいっすか?」
「何だと! コウイチ。お前」
中3の時に同じクラスだったコウイチだった。
コウイチは、この工業高校に通っていたんだ。
「別にからんできたわけでもないでしょ」
「何だと!」
そのとき、南高校の制服姿の男達が20人ほど走ってくる。
「やべ!」
工業高校生は全力で自動車学校側に逃げていった。
ただ、一人、コウイチだけが俺の制服の埃を払っていた。
「立てるか? ケンジ」
「ああ」
手を引っ張り挙げて、俺を立たせてくれた。
「悪かったな」
近くに落ちていた眼鏡を俺に渡してくる。
かなり変形していたが、壊れてはいなかった。
そういうと、コウイチも自動車学校の方に歩いて行く。
俺は何だか無性に悲しかった。
こんな形で再会したくなかったよ、コウイチ。
そこに、空手部や剣道部の部員が走ってくる。
「ケンジ! 大丈夫だったか?」
空手部のイマイズミくんが俺に話しかけてくる。
1年生の時に同じクラスだったイマイズミくん、強いよね。
その横でスズキやサキさんも心配してこっちを見ていた。
俺に大きな怪我がなく、もう絡まれていないと分かると、空手部や剣道部のメンバーは走って高校に戻っていった。
こういうとき、運動部って頼もしいな。
「スズキ、ありがとう」
「いいって。じゃあ、気をつけて帰れよ」
そう言うと、スズキはバス停に急ぐ。
あいつ、塾に遅刻したんだな。
本当にすまん。
また、横ではサキさんが目を押さえて、ずっと泣きじゃくっていた。
泣いてても美人。
もう、泣くなよ。
「……サキ、梨公園、寄ってくか」
サキさんは黙って頷く。
俺は何だか、このまま帰りたくなかったんだ。
すでに日は沈み、夏の終わりの星座が光っていた。
公園には誰もいなかった。
ま、ここに人はめったにいないからな。
俺はベンチにどさっと横たわると、黙って空を見上げる。
サキさんはベンチのすぐ横に立っていた。
真上に、琴座のベガが光っている。
夏の大三角もくっきりと見える。
この三角は見つけやすいよなあ。
「サキくん、琴座のベガは分かるか?」
いきなりサキくんと言われて、戸惑う様子が下から見える。
暗くても髪の毛のさらさらがよく分かるよ。
「ベガは日本では織り姫星って紹介されるけど、俺はギリシャ神話の方が好きだな」
「琴の名手オルフェウスは美しいニンフのエウリデュケと結婚するけど、彼女はすぐに毒蛇にかまれて命を落としてしまう。冥界の神ハデスに妻を返してほしいと頼んだら、『地上に出るまで決して後ろを振り向いてはならない』と言われたんだ」
「フラグだよな」
サキさんは、空じゃなくて俺の方をじっと見つめている。
「案の定、心配になったオルフェウスは後ろを振り向いちまう。エウリデュケは冥界に引き戻され、もう二度と会えなくなっちまった」
「その上、トラキアの女たちにフルボッコにされ、殺されたあげく、琴とともに川に流されてしまったんだ」
「昔も今もあんま変わらないよな」
すでに辺りは真っ暗で、サキさんの顔も見えなくなっていた。
静寂の中に、コオロギの微かな鳴き声と風で葉擦れの音が混じり合う。
「サキくん、俺が天体望遠鏡、好きな理由、話してたか?」
星空を遮る陰が、かぶりを振っている。
「天体望遠鏡は地上を見ないだろ。星空にしか向けられないんだよ。だから……」
俺は口の中にたまっていた血を地面に吐き出す。
そのまま、少しの間、黙って星を見ていた。
穢れのない美しい世界。
「ケンジくん。……そろそろ帰ろ」
サキさんが遠慮がちに提案する。
最終のバスがもうすぐだったはずだ。
俺がベンチから起き上がると、サキさんが1つ賭をしてくる。
「ケンジくん、公園の出口まで、私、黙ってついていくよ。後ろを振り返らなかったら、ケンジくんの勝ち。そうしたら私、エウリデュケになっちゃうかも」
そ、それっって、か、彼女的な何か、ですかね、サキサン……。
「お、おう。楽勝だぜ。たかだか10m」
サキさんは、後ろをついてきてるはずなんだけど、全く音がしないな。
すぐに公園の外に出たんだけど、全く気配がない。
え? まさか何か怪我でもしたんじゃ?
後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。
「サキさん!!」
「ここですよ~」
公園の出口の先にある木の陰から姿を現す。
何だよ、後ろをついてきてねえじゃん。
「それって、反則じゃね?」
「ケンジくんの負けだよ。オルフェウスに何も言えないね」
そう言うと、道路に向かって軽やかに走っていく。
俺もなんだかんだ言いながら、サキさんを追いかけていった。
ところで、賭はどうなったのかな?
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