第12話 英語って、難しいよね
3年生になると、俺とサキさんはクラスが別れてしまった。
俺とスズキは3年7組、サキさんは3組、リカは1組だ。
「もう、英語のレッスンもできないかもな」
昼食時間に餡パンを囓りながら、スズキに向かって弱音を吐く。
「でも、ケンジ。サキさんが会話している男子はお前だけだぞ。少しは自信もてよ」
「何に自信をもつんだよ。ただの幼馴染みってやつだよ」
あの発表会以降、サキさんと勉強する機会はめっきり減っていた。
サキさんが忙しくなったんだ。
ピアノのコンクールや海外遠征なんかがあって、学校で姿を見つけられなかった。
海外遠征の時に1ヶ月以上姿を見なかった時は、さすがに驚いた。
それでも、きちんとテストは受けてるんだから凄いよな。
それに、
「ちゃんとここまで勉強してね」
って、俺に手作りの英語プリントを渡してくれたのは嬉しかった。
一緒に勉強しようねって、可愛いイラストつきだったよ。燃えるよな。
「ま、今日は学校に来てるんだから話してみなよ」
スズキはそう言うと、ぐっと親指を立てる。こいつは、いっつも助けてくれる。俺が女だったら、こいつに惚れてたよ。
放課後、同じクラスの奴が俺を呼びに来る。
「ケンジくん。今、サ、サキさんが君に会いに来てるんだけど」
本当だ。いつも以上にキラキラ笑顔だ。
久しぶりの時には眩しすぎるぜ。
俺は立ち上がって、入り口まで歩いて行く。
「久しぶりだな」
「うん。元気だった?」
とりとめのない会話だったが、何だか懐かしさを感じる。
相変わらず、髪の毛サラサラだなあ。
「ところで、今日の英語なんだけど」
そっか、お断りの連絡なんだな。
「駅前にフリースペースが出来たでしょ。今度からあそこで勉強しよ」
ん? 学校以外で勉強か。
確かに図書室は発音できないし、教室も微妙だしな。
久々に一緒にバスに乗り、駅までの道中で話をしようと思ったのだが。
凄え、バスの中でも握手攻めか。
「貴方のファンです。握手してください」
とか、
「貴方に憧れて、ピアノ弾いてるんです!」
など、一人や二人じゃなかったぜ。
それでも、嫌な顔一つしないのが偉いよな、サキさん。
駅に着き、俺たちは空いているフリースペースの椅子に腰掛ける。
白いテーブルがあるのも便利だな。
俺がサキさんのお手製プリントを広げると、サキさんはそれを手で制する。
”Today's lesson is to repeat the phrases I spoke.”(今日は私が話したフレーズを真似てね)
了解だ。
”I'm so happy to see you after a long time.”(久しぶりに君に会えて嬉しいよ)
ふむふむ。
今日は久しぶり会ったときの挨拶かあ。
”I missed seeing you.”(会えなくて寂しかった)
ん? ずいぶん親しい人向けの英語だな。
”You weren't cheating, right?”
これはわかんねえ。何だよcheatingって。
「細かい単語は気にしないで。流れから読み取って。じゃあ、私から質問するよ」
”Kenji, did you cheat on me?”
またチート? 俺はゲームでチートはしない派だ。
真っ向勝負だ! だから、答えは、
”NO!”
一択だ!
"I'm very glad to hear that."
サキさんは笑顔で答えるが、何がそんなに嬉しいんだ?
顔が少し赤い気がするぞ。
さてはサキさんもゲーマーか?
なんか今日のレッスンはよく分からないな。
『相手の目をきちんと見て言って』って言われても、サキさんをじっと見つめるのは勇気がいるぜ。
唇が薔薇色で、頬がうっすら桜色なんだなあ。
そんなとこを見ちゃうんだよ。
それに話す言葉が、
”You are so single-minded.”(一途だね)
とか、
”I realized, I can't stop staring at you.”(気がつくといつも君ばかり見ていているんだ)
とか。何に使うんだよ、こんなフレーズ。
「久しぶりだから、これで終わろうか」
おいおい、勉強した気がしないけど、サキさんは何だかやりきった感を出してんだよなあ。
わかんねえ。
その後、受験の話になったんだ。
「サキはどこを受けるんだ?」
「私はねえ、東京藝術大学のオルガン科を受けるつもり」
「藝大かあ」
俺でも知ってるよ。日本最高峰の芸術大学だな。
「ケンジくんは?」
「地元の大学」
「そっか、離れちゃうね」
それが今生の別れになっちまいそうだ。
もう、接点がないからな。
「リカさんは?」
「ああ、あいつも地元の大学だって話してたな」
「ふうん」
何の疑惑の眼差しですかね、それ。
「サキのおかげで、俺の英語も上達したよ。この前のテストでも84点だったしな。平均より上だったよ」
「役に立って良かった」
いやいや、それ以上の癒やしを俺に与えてくれましたよ。
「でね、英語のレッスンなんだけど、これから少なくなっちゃいそうなんだ」
「まあ、しょうがねえよ」
海外のコンクールが忙しいらしい。
「そこで、今日はこれを用意しました。じゃん」
名詞みたいなモノを出してきたぞ。
「これ、私のスカイプ番号。これがあれば地球のどこからでもお話しできます!」
おお! サキさんの番号をゲットだ!
今まで携帯番号も聞いていなかった俺なのに……。
「でも、時差があるから、必ずメッセージで確認してね」
そんなモノがあるとは……。今まで意識してなかったな。
「じゃあ、今日、テストだね。夜の8時に接続して」
「お、おう」
そういうと、サキさんは手を振ってレッスンに行ってしまった。
俺はしばらく、もらったカードをくるくると回してみる。
よっしゃあああ! すぐに家に帰ってダウンロードだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます