第14話 本当にやりたい夢って隠しちゃうよね

 リカの言葉は,駅で別れてからも、ずっと俺の中にくすぶっていた。

 真剣に学びたい学問だって、そりゃあ、あるさ。


 でも、人に話したら、

 

「そんな夢、語るんだったら、〇〇大学に入らなきゃ」


「身のほどを知るのも大事だよ」


 って言われるんだろうな。いや、自分が自分に言うのか。

 

 心の奥底に忘れたふりをして、ほっとかれている夢。

 俺、ロケットをつくりたいんだ。


 電車の車窓を眺めると、光が横に流れていく。

 寂しい田舎の街並みじゃあ、星空みたいな夜景は見えやしない。俺は、変わり映えのしない風景を眺めながら、少しはやる気のあった頃の自分を思い出していた。


 日本がダメなら、他の国にチャンスはないんだろうかって、いろいろ真剣に調べてみたんだ。


 Googleで「ドイツ ロケット 学部」と検索する。

 何で、ドイツかって?

 そりゃあ、月ロケットを開発したフォン・ブラウン博士の出身地だからな。


 ”Studying aerospace engineering in Bremen.”


 目に飛び込んできたのはブレーメン大学のHPだ。

 でもさ、修士課程だし、150人の応募で受かるのが20人。

 英語やドイツ語、そのほか不安要素しかなくて、すぐにHPを閉じてしまった。


「俺には身の丈にあったエンジニアとかがいいな。コミケにもいけるし」


 その後、ノートパソコンでロケットを検索する回数は0になったんだ。


 §


 3月。合格発表の日。


「ケンジ! 私、受かったよ!!!」


 リカさん、目に涙を浮かべて満面の笑みだ。その横でスズキもガッツポーズをしている。

 さて、俺はどうなんだ?


「ケンジも合格してる!」


 リカ、お前いつの間に俺の受験番号を? ま、まあ、全員、受かって良かったな。

 その日は各自の家でお祝いがあるらしく、すぐに解散したよ。


 俺はと言えば、家に帰ってから夜の7時まで待って、スカイプを起動だ。

 ドイツは昼の12時だから、サキさんも出やすいよな。

 すぐに回線を繋ぎ、自分の合格を告げる。


「ケンジくん、おめでとう」


 その笑顔のために頑張りましたよ。サキさんも当然受かってた。

 オンラインで結果を確認したんだって。


「サキ、おめでとう」


「うん。ありがとう」


 四方山話をして30分、すぐに終わりの時間がくる。

 相変わらず、サキさんは忙しいようだった。


「じゃあ、またね」


 スカイプの画面が消える瞬間が本当に寂しい。いつも、もう一度、接続してほしいと思っている。サキさんもそうなのか、すぐにオフラインにはならないんだ。


 それは、うぬぼれだよな。


 結局、俺が回線を切るんだけど。

 

 その日は、なぜかとても切ない気持ちが続いていた。喜びを分かち合いたい人は飛行機で遠く14時間。

 

 俺は、昔、サキくんと空を見上げた駐車場に行ってみた。

 もう、あの頃みたいに広く、誰もいない駐車場ではなかった。

 ライトがつけられ敷地も狭く、天体観測なんてとてもできそうにない。


「サキくん、空、見えねえよ……」


 一等星だけが辛うじて見える駐車場で、俺は思わず呟いた。

 それは、まるで自分の未来を見ている気がしたんだ。今日、大学に受かったっていうのにな。


 §


 新入生が入ると大学は活気づく。

 サークル勧誘や研究室のコンパで忙しくなる。


 俺は、この前の気持ちを引きずっていて、あまりサークルを見て回るのは気が進まなかった。でも、このお方がそれを許さない。


「ケンジ、サークル見て回ろうよ!」


 リカ、お前はいつも元気なんだなあ。本当、尊敬するよ。

 もしかして、こいつなりに気をつかってんのかな。


 リカの服装は、ゆったりした白のフリル付きのカーディガンに、ボトムは紺のスキニーのおしゃれ女子だ。ベージュのスリッポンが明るく見せてる……って、全部リカが言ったんだけどな。でも、似合ってるのは確かだ。


 で、俺はユニクロのバッファローチェックのフランネルシャツ(赤)に、ダボッとした黒のパンツ。そして、履き古したスポーツシューズを履いている。リュックもマストアイテムだぜ。


 リカは俺の服装を見ても何も言わない。こいつは他人の悪口を言わないタイプなんだ。サキさんのときは違ってたけど……。俺をからかうとき以外はな。


 しかし、リカに対しての勧誘が凄いな。


「ねえ、君。うちのテニスサークルに入ってくれない?」


「うちの自転車サークルは、イケメンがいっぱいだよ。出会いがいっぱい!」


 3mも歩かないうちに囲まれてしまう。そのため、リカは俺に耳打ちしてくる。


「ケンジ! 腕を組んで歩いていい? これじゃ進めないよ!」


 俺を防波堤にする予定のようだ。

 俺も何だか疲れてきたし、この人混みから抜け出したい。


「いいよ」


 リカの顔が明るく輝く。目を瞑って、自分の右手にぎゅっと手を回す。

 こいつの笑顔って本当に可愛いよな。スタイルも際立ってるぜ!


 俺の視線に気がついたのか、リカがニヤリと笑う。

 あ、いつものやつだな。片目を瞑って、俺を指差す。


「ケンジく~ん。何か私をいやらしい目で見てるね。えっち!」


 たまには別の返しをするか。


「リカってスタイル抜群だな。笑顔も可愛いよ」


「え?」


 リカが俺の手を振り払って、両手で顔を隠してるぞ。

 俺のこんなセリフを聞くって、そんなに嫌なのかな。

 オタクが褒めると、一般人はイタタタタって感じになるのか……。


「リカ……。なんかごめん」


「え? 別に謝るところはなかったよ。うん、嬉しい」


 こいつ、顔が少し赤いぞ。胸をガン見したとでも思ったか?


「ケンジと腕を組んで大学内を歩きたいって思ってたから夢が1つかなったよ」


 やっすい夢だなと言おうとして、俺は口をつぐむ。

 こいつメンタル鋼だからオタクと一緒に歩いても気にしないんだな。いい奴だ。


 ニコニコのリカとサークル勧誘地帯を抜けるまで、歩いていったんだ。

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