第18話 オタクって覚醒することあるよね
普段の講義を受けるのは勿論、英語とドイツ語の勉強が加わった。
英語は何とか理解もできるが、ドイツ語はチンプンカンプンだ。
それも、サキのレッスンに頼る。そのレッスンだけは嫌にはならなかった。
「じゃあ、今日は自己紹介ね。"Ich komme aus Tokio. Ich heiße Kenji."(私は東京からきました。ケンジです)はいっ」
寒いって言ってるくせに、いっつも薄着だよ、サキさん。
この目の保養があったから、逆に楽しみだったなあ。
また、教授から地域のドイツ出身者を紹介してもらい、そこでも会話のレッスンに取り組んだ。
紹介してもらったステファンさんは、とても親切で、いつもご飯までご馳走になった。
ドイツ料理は……だったけど、いっつも温かい気持ちになれた。
「何のためにこんなたいへんなレッスンを」とは一度も思わなかった。
最後まで推しを応援する自分にとって、このライフワークは苦にもならないぜ。
「ケンジ、かなり勉強してるらしいじゃん。どうしたの?」
「お、リカか? 何でもねえよ」
11月になって、リカと学食で久々に会った。
リカは、俺の顔色の悪さが気になったようだ。
「ご飯食べてる?」
心配して俺のおでこを触るリカ。手がヒヤッとして気持ちいいな。
「おう、勉強もバイトも、きっちり取り組んでるぜ」
何と言っても、お金も必要だからな。
ドイツは大学で勉強するのにお金がかからないとステファンさんから聞いている。嬉しい情報だが生活費はかかると聞いた。お金はあったほうがいい。
「そうだ! 私、ご飯つくりに行ってあげる」
ん? それは嬉しいが、微妙だぞ。俺は今、サキさんといい感じだ。信じられないけどな。
そこにリカがご飯を作りにきていたら、マズイんじゃないだろうか。
「いや、大丈夫だ! 気持ちだけ、もらっとくよ」
慌てて断る俺を見て、
「私がご飯をつくったら……迷惑かな」
とても悲しそうな表情になる。どうする俺?
(ご飯だけだろ、童貞は何でも重く考え過ぎなんだよ)
(いや、これは浮気なんじゃないか?)
2つの考えが交錯する。
とりあえず落ち着こうと立ち上がり、トイレに行こうとした俺は思わず、よろけてしまう。
「ん?」
足がもつれる?
「ケンジ!!」
リカが思わず、俺を横から支えてくる。くそう、うまく歩けない。
周りの視界がくるりと回転し、俺は地面に座り込む。
「ケンジ! すぐに病院、行こ!!」
リカに支えられ、俺はタクシーに強引に押し込まれる。そのまま、近くの病院まで連れて行かれた。タクシーは800mも走ってなかったぜ。
「過労ですね。点滴1本打てば元気になりますよ。あとは、きちんと栄養のある食事をとらないと」
ぼんやりとした頭で自分は、ちょっとだけ自分の頑張りを誇らしく思った。ケンジ、お前、倒れるまで一生懸命、取り組んでるんだな。1時間、点滴の水が落ちる様子を、自分はなぜか人ごとみたいに眺めてたんだ。
病院から出る頃には、俺も歩けるまで回復していたんだけど、一人での帰宅はリカが許さなかった。
「タクシー使うからね!」
そう言って、結局、俺のアパートに上がり込んできた。やばい、見られたら、いろいろまずいモノが……。そんな俺の懸念を一顧だにしないで、リカはズカズカと部屋に上がり込む。
「まず、ケンジは寝る! 布団これ? 汚いわね!」
そういいながら、俺を布団に寝かせる。
「服は自分で脱ぎなさいよ」
バタンとドアの音がして、リカは部屋から出て行った。俺はリカに感謝しつつ、そのまま眠り込んでしまう。久しぶりに英語もドイツ語も、課題もなかった。
ただ、ひたすら眠っていた。
「ケンジ……大丈夫? 起きてる?」
え? リカ? こいつ、まだいたのか。時計を見たら夜の7時。
3時間も寝てたのか。
「あ、ああ。リカ、お前、帰ったんじゃ?」
「買い物行って、夕食も作ったよ。起きられそう?」
俺は身体のだるさを感じて、無理そうだと答える。
「そっか。じゃあ」
そう言うと、部屋のちゃぶ台を寝ているところまで運んでくる。
俺の背中にソファも移動させ、上半身を起こさせる。
目の前のちゃぶ台には、美味しそうな匂いをさせた粥が載っている。
「なかなか、いい匂いだな。これは?」
「ふふん。リカの得意料理、鶏肉のお粥で~す」
料理、できたんだな。
そんな失礼な思いを抱きつつ、俺は身体のだるさを強く感じる。
正直、あまり食欲がない。
「リカ……。悪いけど、あまり食欲がないな」
「ダメだよ。お医者様からも食事を取れって言われてるんだから」
「でもなあ」
すると、リカはスプーンを掴み、一杯分の粥をすくい取ると、ふうふうと息を吹きかけ、
「はい、あ~ん」
と、口にスプーンを突きだしてくる。
俺が躊躇していると、さらに、
「あ~ん(怒)!!」
と、催促する声を出してきた。食べないのを心配してるんだな。
俺はしょうがなく一口、食べさせてもらう。
「ん? 美味しい!」
鶏肉のスープがいい味を出している。
また、喉の奥にも暖かさが落ちていき、胃も活動している動きを感じる。
「ふふ、一回、これやってみたかったんだ」
そういって、何度も冷ましては俺に食べさせてくれたんだ。
こいつには、頭が上がらないな。ありがとう、リカ。
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