43. 黄金の魂

 ソラは建物の陰に身を隠して、地面に座りこんだ。刀を握る手が汗ばんでいる。


「何なんだ、あの寄生きせい霊魂れいこん


 これまでに、手ごわい寄生霊魂は何体もいたが、今回はそういうたぐいの相手ではない。

 ユイが庭の様子をうかがいつつ、ソラにこたえる。


「わからない。寄生霊魂が意思を持つのも、人と同化するのも、これまでに例がない」

「あっちに連れて帰れたら、研究班が喜びそうだな」


 ソラは鼻で笑った。


「で、あの寄生霊魂、どうやって倒す?」


 ユイは顔を引っこめて、長く息を吐いた。ひたいに汗が浮かんでいる。心なしか呼吸も荒い。障壁を展開してから五分以上たっているため、きついのだろう。


涼正りょうせいごと斬るのが、いちばん早い」

「……なんとか、涼正を助けられないか?」


 人間に情を移しては、任務に支障をきたす恐れがある。だが、ソラとしては、せっかく仲間になった涼正を死なせたくなかった。


 ユイもソラと同じ気持ちなのか、それとも人を殺して人間界の神を怒らせたくないだけか、眉間にしわを寄せながら考えこんでいる。


 不意に物音がして、ソラは耳を動かした。庭から、硬いものがぶつかり合う音がする。おそらく、寄生霊魂が障壁を壊そうと爪を立てている音だ。建物内は静かなので、人間たちには聞こえていないらしい。


「ユイ」

「わかっている」


 ユイがソラに耳打ちする。ユイの案を聞いて、ソラはうなずいた。


「やってみる」


 こたえると同時に、ソラは建物の陰から飛び出した。


 庭に展開された障壁は、かわらず寄生霊魂を閉じこめていた。ひび一つ入っていない。特殊な寄生霊魂でも、ユイの障壁は壊せないようだ。


 ソラは障壁内に飛びこんで、寄生霊魂と向かい合った。

 障壁の外から、水渕みずぶちが声をかけてくる。


「ソラ君一人? ユイ君は?」

「さあな」


 ソラは刀をかまえた。それを見て、寄生霊魂が唇をゆがめる。


「おまえに、この男は傷つけられまい」

「どうだろうな」


 ソラは地面を蹴った。視界の端で、水渕がソラに向かって銃をかまえる。

 そのとき、水渕の隣にユイが現れた。水渕の手首を蹴り上げて、銃を奪う。


 寄生霊魂が、ソラの胸に爪を突き出す。

 ソラは、真上に跳んで爪をかわした。ユイの太刀筋を思えば、余裕で見極められる速さだ。


 寄生霊魂が目を見開く。そのひたいから生える二本の角を、ソラは落下とともに斬り落とした。


 人間ではない角の部分を斬る。もともと涼正にはない部分だから、斬っても死にはしないだろう――それがユイの考えだ。


 ソラが着地すると同時に、涼正のひたい――角の切り口から黒い霧があふれた。


「貴様ら……」


 寄生霊魂が声をしぼり出す。苦しいのか、ひたいを押さえながら顔をゆがめていた。そんな寄生霊魂に向けて、ユイが銃をかまえる。


 水渕が、ユイに蹴られた手首をつかんで叫ぶ。


「やめろ!」


 いつもの水渕からは想像できない、荒々しい声だった。


 ユイは、水渕の静止を無視して引き金を引いた。

 紫色の光が、涼正の脇腹に当たった。寄生霊魂が地面にひざをつく。


「ソラ!」


 ユイに名前を呼ばれて、ソラはとっさに寄生霊魂から距離を取った。ユイが、新たに障壁を作り、涼正のからだに向けて放つ。


 障壁がぶつかった瞬間、涼正から寄生霊魂が分離した。人と同じような背格好で、ほうをまとい、ひたいから角が生えている。


 鬼もどきが、ふらつきながら立ち上がる。その姿目がけて、ソラは地面を蹴った。

 鬼もどきがソラに目を向ける。だが、視線が交わるより先に、ソラは鬼もどきのからだを袈裟懸けさがけに斬った。


 鬼もどきの姿が霧散する。


 障壁が消えた。


 黒い霧に混じって、光が二粒ただよっている。寄生霊魂が食らった者の魂だ。


 一粒は、近くに倒れた涼正のからだにもどった。涼正は気を失っているものの、けがはしていないようだ。


 もう一粒は、これまでに見た魂とはあきらかに異なっていた。ひときわ強く、黄金こがね色に輝いている。その魂を見ただけで、ソラはからだの芯からふるえが起こった。


 黄金色の力強い魂は、夜空に昇っていった。そうかと思うと、満月に溶けるようにすっと消えた。


「なあ、今のって……」


 いつの間にか隣にいたユイが、ソラの言葉の続きを口にする。


「天龍王の魂だ」


 ソラは急に力が抜けて、その場に座りこんだ。


「やったんだ、俺たち」

「ああ」


 天龍王の魂を、解放した。八か月かけて、ついにこの時が来た。


 天龍王の魂を取りもどしたところで、特別なことは起こらなかった。なんともあっけない。そのせいか、ソラは喜びよりも安堵あんどのほうがまさっていた。


(しばらく動きたくない)


 ユイはといえば、冷静を装っているものの、よく見ると鏡を出す手がふるえていた。

 そんなソラたちの横を、水渕が通りすぎた。片ひざをついて、倒れた涼正を抱える。


「涼正」


 水渕のささやきに反応して、涼正が薄っすら目を開けた。


「……先輩?」

「おかえり、桜ちゃん」


 水渕が、涼正に笑顔を向ける。涼正はというと、何があったのかわかっていない様子だ。

 ソラは涼正に声をかけた。


「寄生霊魂に、魂を食われてたんだ。退治したから、安心しろ」

「そう、なのですか。迷惑をかけました」

「いいって。おかげで、王の魂も見つけられたし」


 笑ってこたえたソラに、ユイが声をかけてきた。


「姉上に報告する。早く来い」

「わかってるよ」


 ソラはユイの後ろに回りこんで、手鏡をのぞきこんだ。

 ユイの霊力に反応して、鏡が光る。そうかと思うと、鏡面にセンカの姿が映し出された。なんだかセンカの背後がさわがしい。


「退治は、終わったみたいね」


 ほほ笑むセンカに、ユイが首をかしげる。


「何かあったのですか?」

「つい先ほど、宮から連絡が入った。天龍王が、意識をもどされたと」


 やはり、あのひときわ美しい魂は、天龍王のもので間違いなかった。涼正に宿っていた寄生霊魂が特殊だったのは、天龍王の力を得ていたからだろう。


 センカが、ソラたちに満面の笑みを向けてくる。


「任務、ご苦労様」


 センカにねぎらわれて、ソラは任務を成しとげたのだと、ようやく実感することができた。気づけば鼓動が速くなっている。


「はい!」


 ソラは腹の底から声を出した。

 ユイが、鏡に向かって小さくうなずく。表情は見えないが、ソラの足にはユイの尻尾が何度も当たっていた。


 報告が終わったのち、ソラはユイの肩をたたいた。振り返ったユイに、こぶしを掲げてみせる。

 ユイは眉根を寄せた。


「何だ?」

「いいから。ユイも」


 こぶしをゆらしてみせると、ユイは首をかしげながらも手を握ってソラをまねた。


 ソラは、ユイのこぶしを自分のこぶしで軽くたたいた。


「人間は上手くいったとき、こうするんだ」


 ユイは、やはりわからない、といった顔をしていた。そんな相棒兼上司に、ソラは思いきり笑ってみせた。

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