25. 信頼

 ソラは、マンションのエレベーターに乗った。

 継美つぐみのことは気になる。だが、それより大事なのは任務だ。天龍王の魂を食らった寄生きせい霊魂れいこんを倒して、その魂を取りもどすために、ソラたちは人間界に来たのだ。


(集中!)


 ソラは、両手でほおをたたいて気合いを入れ直した。


 リビングに入ると、クーラーが効いていた。涼しい風が、ソラの汗ばんだ肌から熱を奪っていく。


 先に帰っていたユイは、ソファーに座ってモナカのアイスを食べていた。テーブルにはなにやらメモが置いてある。

 ソラはユイの隣に立った。


「さっき、萌菜もなから何を感じたんだ?」

「あの女は、寄生霊魂の宿主しゅくしゅだ」


 やはりそうか、とソラは思った。でなければ、ユイが初対面の人間に自分から声をかけたりしない。

 ユイがソラを見上げる。


「あの女について、何か知っているか?」


 ソラは、萌菜に起こった出来事について話すかどうか、一瞬迷った。話せば、継美の信頼を裏切ることになる。だが、優先すべきは任務だと、すぐに思い直した。


(継美以上に、ユイの信頼を失いたくない)


 ソラにとって、ユイは上司であり相棒だ。ときにはユイの行動に振り回されたり、意見が食い違ったりすることもある。いつか打ち負かしたてやりたいとも思っている。だが、ソラは決してユイを嫌っているわけではない。


 ユイは、ソラを下僕として扱える立場にある。ソラの発言を封じることも、行動を制限することも可能だ。しかし、そのようなこと、ユイはしない。上司としての役目は果たすが、立場が上だからと圧力をかけてくることはなかった。

 上司であるユイを、ソラが相棒のように感じているのはそのためだ。


(ユイは俺のこと、どう思ってるんだろう?)


 ソラには、ユイの気持ちがよくわからない。だが、ユイは勝手気ままに振る舞っているように見えて、実はソラのことをけっこう気にかけてくれているのはわかる。


 そうやって、つかず離れず三年間、ソラはユイとともにすごしてきた。簡単に裏切ることはできない。


 ソラは、頭の中で事件を整理しながら、知っていることをユイに話した。


「萌菜は、彼氏の広輝ひろきにストーキングされてた。事実を知った萌菜が、広輝を問いつめたところ、首を絞められそうになった。それで、もみ合ってるうちに池に落ちた」

「それが、あの桟橋で起きたことか」

「ああ。萌菜は助かったけど、広輝はおぼれていまだ意識不明だ。萌菜は、自分が広輝を助けなかったことに、罪の意識を抱いてるらしい」


 ユイが、テレビの横にある卓上カレンダーに目を向けた。


「事件が起きたのが七月十五日。今日は二十二日。寄生霊魂の成長が早い」


 ユイは感覚が鋭い。だが、霊力を制御した状態で寄生霊魂の気配を感じたとなると、宿主は少なくとも魂の半分以上を食われている。

 寄生霊魂は人に宿ったのち、短くて数か月、長ければ一年以上かけて宿主の魂を食いつくす。七日で魂の半分以上が食われたとなると、異常な成長速度だ。


 ソラはため息をついた。


「それだけ、萌菜の罪の意識が強いってことか。嫌がらせしたのも、絞め殺そうとしたのも広輝なのに、被害者の萌菜のほうが寄生霊魂の宿主になるなんてな」


 広輝には、罪の意識がないのだろうか。

 ユイが、ソラに視線をすべらせる。


「俺たちは寄生霊魂を退治するだけだ。だれが罪人か、どのような裁きを下すかは、この国の人間が法に則って行う。俺たちには関係ない」

「そうだな」


 ソラたちが人間の罪そのものに介入するのは、ソラたちの世界で人間が裁を下すのと同じだ。それがおかしいことはわかる。


「近く退治に向かう。ソラは、萌菜がどこに住んでいるか知っているか?」

「さあ。継美にきけばわかるだろうけど」


 わけを話さず住所をきけば、間違いなく不審がられる。

 ユイはアイスを食べ終えると、テーブルに置いてあったメモを手に立ち上がった。


水渕みずぶちに連絡を取る」

「まさか、萌菜の住所を調べさせるのか?」

「できれば協力者にしたい」


 ソラは目を見開いた。


「あんなあやしいやつらをか!」

「ほかの人間よりは安全だ。水渕という男は、好奇心で動く者の目をしていた。利益や正義感で動くことはない」


 人間が寄生霊魂の退治に協力しても、報酬が出るわけではない。人間を守るという理由で動かれても、そもそも寄生霊魂を人間界に放ったのはソラたちの側だ。正義を振りかざされると、面倒なことになりかねない。


 そう考えると、ソラたちの協力者としてふさわしいのは、好奇心を満たしたいと思っている人間かもしれない。それに、宿主の居所を特定するのに、その道のプロが協力してくれれば楽ではある。


涼正りょうせいってやつのほうは、大丈夫なのか? 真面目そうに見えたけど」

「あれは、水渕につき従っているだけだ。気にする必要はない」


 ユイが、キッチンのごみ箱にアイスの袋を捨てる。


「行くぞ」

「行くって、どこに?」

「すぐそこだ」


 ユイが靴をはいて、ドアを開ける。ソラはよくわからないまま、ユイについていった。

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