第三章 憧れと義務のはざま
32. 絡新婦
ソラの目の前には、巨大な
絡新婦には、六匹の子蜘蛛がいた。子蜘蛛といっても、猫より大きい。公園の遊具を足場に、かわるがわるソラに襲いかかってくる。
「次から次へと……」
ソラは刀を振るい、子蜘蛛を斬り伏せた。街灯の下、子蜘蛛が黒い霧となる。しかし、どうやっても子蜘蛛の数が減らない。
「何だよ、この
寄生霊魂とは、ソラたちの世界で生まれた存在だ。人の罪の意識に引かれて、その魂を食らう。本来は光か火のかたまりのような浮遊体だが、人間界ではどういうわけか、妖怪と呼ばれるものと似た姿になる。
文句を言うソラに、相棒兼上司のユイが後ろから追い打ちをかけてきた。
「障壁が持たない。あと二分で方をつけろ」
寄生霊魂の逃走防止と、人間の目をくらませるため、児童公園はユイが霊力で作った光の壁に囲まれている。だが、この障壁、人間界と相性が悪いらしく、十分しか持たない。
ソラは、ちらりとユイを見た。霊力の消耗が激しいのか、汗ばんだ顔に銀色の髪がはりついていた。
「二分って、簡単に言うなよ」
ソラが、左方から飛びかかってきた子蜘蛛を斬ったときだ。
親蜘蛛が、口から糸の束を放ってきた。糸が刀にからみつき、ソラの動きを封じる。
「蜘蛛は尻から糸を出すんじゃないのか!」
いや、目の前にいるのは蜘蛛ではなく、蜘蛛の姿をした化け物だった――そう考えたとき、六匹の子蜘蛛がいっせいにソラに襲いかかってきた。
ソラは隙を探すべく、周囲に視線を走らせ、頭の上の耳を動かした。
(このくらい!)
ソラは刀の
ソラは風狐の力を使うべく、刀に霊力を注ごうとした。そのとき、親蜘蛛目がけて一筋の光が走った。
紫色の光は親蜘蛛に当たり、縄となってその動きを封じる。
光が放たれたほうに目をやると、スーツを着た背の高い男が、障壁の外で銃をかまえていた。協力者の人間の一人、
親蜘蛛は、光の縄から抜けようともがいた。ソラを襲おうとしていた子蜘蛛たちも、地面に転がって
ソラは、あらためて刀に霊力を注いだ。次の瞬間、刀から突風が生じて、からんでいた糸を引きちぎる。
自由になったソラは、地面を蹴った。親蜘蛛の真上に跳躍して刀を振るい、頭を両断する。
ソラが着地すると同時に、絡新婦が霧散した。ユイが、役目を終えた障壁を消す。
黒い霧は風にさらわれることなく、月のない夜空に真っすぐ昇っていった。
霧に混じって、光が一粒見える。寄生霊魂の食らった魂だ。その魂は、ベンチで意識を失っている女のからだに吸いこまれた。
今回倒した寄生霊魂も、天龍王の魂は食っていなかったようだ。
「またはずれか」
ソラはため息をついた。
人間界に来て八か月、十六体の寄生霊魂を退治した。人間の協力者もできて、退治の効率は上がった。だが、天龍王の魂を食らった寄生霊魂を倒し、その魂を取りもどすという目的は、なかなか達成されない。
ユイが、水渕に歩み寄る。
「今の力は何だ?」
水渕は銃を掲げてみせる。自慢の一品なのか、いつにも増して表情が明るい。
「俺特製の武器だよ。まあ、
ユイは水渕から銃と弾を借りて、興味深そうに観察し始めた。
水渕はたいしたことないという口振りだが、ユイの障壁をすり抜け、寄生霊魂を拘束する力に、ソラは鳥肌が立った。
(あれ、俺たちに当たったらどうなるんだ?)
敵ではなく協力者でよかったと思いつつ、ソラは水渕たちのほうに向かった。
「そんな銃がなくても、俺一人で退治できたのに。じゃまするなよ」
「えー、だって、見てるだけじゃつまらないんだもん」
水渕は唇をとがらせた。三十になったとは思えない、子どもっぽいしぐさだ。しかし、不機嫌だったのも束の間、何か思いついたように笑顔になる。
「そうだ、お腹すいたからご飯行こうよ。ファミレスならパフェもある」
パフェという単語に、ユイの耳がぴくりと反応した。水渕が、誘惑するように言い添える。
「この季節なら、栗フェアとかやってるんじゃない?」
ユイは銃を見ながらも、尻尾を左右にゆらしていた。ユイも水渕も行く気満々だ。しかし、それまで水渕の後ろでだまっていた男が待ったをかけた。
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