12. ヤコシラの秘密

 授業が終わり、ソラはユイとともに校門に向かって歩いていた。


「今夜だな」

「ああ」


 小声でやり取りをしていたところに、健人けんとが走ってきた。部活前のようで、ジャージを着ている。


 ユイが立ち止まった。ソラも、ユイの隣で足を止める。

 健人は険しい顔つきで、ユイをにらみつけた。


神守かみもり、昨日佐子さこさんと会ったんだって?」

「公園で話をした」


 低い声でたずねた健人に、ユイは抑揚のない口調で返した。

 健人が眉間にしわを寄せる。


「あの人のファンはやめろって言っただろ」

「ファンをやめなければならない理由がわからない」


 健人は、ユイが本気で佐子のファンだと思っているようだ。

 それにしても、なぜファンをやめさせようとするのだろうか。しかも、健人自身、理由を言うに言えないようだ。ユイをにらんだまま、口を開けたり閉じたりしている。


(べつに、知らなくてもいいんだけど)


 寄生きせい霊魂れいこんは、罪の意識に反応して人に寄生する。そして、佐子は今、寄生霊魂の宿主しゅくしゅになっている。つまり、佐子はなんらかの罪の意識を抱いているということだ。しかし、事情を知らなくても寄生霊魂は退治できる。


 ユイも、佐子については興味がないようだった。


「話が終わったなら帰る」

「待て!」


 きびすを返したユイの肩を、健人がつかむ。


「わかった。理由を話すから、ついてきてくれ」


 そう言って、健人は校舎に向かって歩き出した。

 ユイは健人に続いた。ソラもついていこうとすると、健人は嫌そうな顔をした。だが、ソラに何か言ってくることはなかった。


 健人は、人気のない校舎裏でユイと向かい合った。深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始める。


「俺が、佐子さんの妹と仲がよかったのは、知ってるな?」

「ああ」


 ユイが最低限に返事をする。


「あいつは……言莉ことりは、小学生のころから小説を書いてた。俺は読者として、言莉を応援してた。義理とかじゃない。言莉の作品はなんというか、きれいで、繊細で、俺は心の底から面白いと思ってた。けど……」


 健人は、からだの横でこぶしを作った。


「あれは一年半くらい前――中三の冬だ。言莉から、受験勉強の合間に書いたといって、新作を読ませてもらった。俺は、すごくいいと思った。言莉も自信があったみたいで、受験が終わって落ち着いたら賞に出すって、張り切ってた」


 健人のこぶしが、小刻みにふるえている。


「それから半年くらいして、佐子さんが『夜光スミレの調しらべ』で賞を取った。ネットであらすじを読んだときには、驚いたよ。なんせ、言莉の作品とほとんど同じ内容だったんだからな」


 ソラは顔をしかめた。


「それって、まさか」

「ああ、そうだ。佐子は、言莉の作品を盗んだんだ」


 健人は笑い声をもらした。だが、目は笑っていない。


「言莉も、すぐに作品を盗まれたと気づいた。けど、佐子は言莉にも俺にも、たまたまアイディアがかぶっただけだと言い張った。たしかに、佐子が盗作したって証拠はない。けど、たまたま同じ時期に、同じ作家志望の姉が、自信を持って書いた妹の作品と、同じ内容の作品を書くなんてことあるか?」


 ソラは、こたえることができなかった。ユイもだまっている。

 健人は話を続けた。


「自分の作品が盗まれたかもしれない。自信作なのに、もうだれにも読まれることはない――その事実に苦しめられて、言莉は小説を書くのをやめた。俺が励ましても『もういいから』って、泣き笑いするだけだった」


 言莉はどんどんふさぎこんで、心療内科に通うようになったという。


「俺の力じゃ、どうしようもなくて……三か月前、佐子の作品が発売された二日後に、言莉はクリニックへ向かう途中で事故にあった」


 健人が言葉を切ると、校舎裏はしんとなった。遠くから、運動部のかけ声が聞こえてくる。


 沈黙をやぶったのはユイだった。


「言莉が、佐子の作品を盗んでいた可能性は?」

「言莉がそんなことするわけないだろ!」


 怒鳴った健人が、呼吸を荒くしてユイをにらむ。

 眉一つ動かさないユイに、ソラは小声で告げた。


「可能性はあるかもしれないけど、その言い方はひどいぞ」


 ユイに反応はない。

 健人が息を吐く。


「佐子にも、同じこと言われたよ。そっちが盗作したんじゃないかって」


 ソラは、健人をなるべく刺激しないようたずねた。


「いっそのこと、ヤコシラが盗作だって、世間に公表したらどうです?」

「それは、無理だ。言莉のパソコンもデータも、佐子に処分されてしまって証拠がない。それに、先に作品を発表したのは佐子だ。データがあったとしても、世の中が信じてくれるかどうか」


 ユイのように、盗作をしたのは言莉ではないかと疑う者が出てくるかもしれない。言いがかりだと反論するファンもいるだろう。


 たとえ盗作したのが佐子だとしても『悪いのは言莉だ』とネット上に書かれて広まれば、それが事実として世間に浸透してしまう。一度広まった誤解は、解くのに多大な労力が必要だ。

 今の人間界はそういうものだと、ソラは故郷で教わった。


 健人が、ため息混じりにつぶやく。


「妖怪が、佐子を食ってくれればいいのにな」


 ソラもユイも、なにも言わなかった。本当に、佐子が化け物に食われかけているなんて、部外者の健人には言えない。

 健人は自嘲気味に笑った。


「不快な話を聞かせてすまない。この話は忘れてくれ」


 そう言って、グラウンドのほうに走っていく。


 二人きりになってから、ソラはユイに目を向けた。ユイはグラウンドの方角を見ていた。


「佐子は、盗作した罪の意識で、寄生霊魂を引き寄せたのかな」

「理由はどうでもいい。俺たちは、寄生霊魂を退治するだけだ」


 ユイは冷たく言い放った。


「まあ、そうなんだけど……」


 ソラたちの任務は、天龍王の魂を食らった寄生霊魂を倒し、その魂を取りもどすことだ。寄生霊魂を退治するのに、宿主の人間がどんな罪の意識を抱いているかは、知る必要がない。


(でも、なんかすっきりしないんだよな)


 健人と言莉が救われる方法はないものか。そう考える程度には、ソラは人間に情が湧いていた。

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