13. 退治
日が沈んで四時間ほどたち、カーテンの外は暗闇に沈んでいる。
ユイが、ローテーブルに鏡を置いた。人の顔くらいの大きさで、人間界にならどこにでもあるようなアルミフレームの鏡だ。
ユイは、照明の当たり具合など、鏡の角度を微調整していた。しばらくすると、満足したのか、鏡に向かって居住まいを正す。
ソラも、ユイの隣に座った。
二人とも、今夜の
ユイが鏡にふれた。霊力を注ぐと、鏡面があわく光った。
異界と交信するのに必要なのは、鏡と異界の力だ。鏡は、手入れされていれば、特別なものである必要はない。
光が収まったとき、鏡には長い銀色の髪の女が映っていた。
女の目は、ユイと同じ
ユイが、鏡に向かって身を乗り出す。
「お会いしたかったです、姉上」
ユイが顔をほころばせる。ユイの喜び方は、クレープをもらったときの比ではない。本来の姿であれば、尻尾をちぎれんばかりに振っていただろう。
鏡に映っている人物こそ、雪狼家の当主であり、ユイの姉であるセンカだ。年は今年で二十四になる。
センカは、目を細めてほほ笑んだ。
「今夜も元気そうね。ソラも、かわりない?」
「はい、かわりありません」
ソラはこくりとうなずいた。定期連絡は、毎夜取っている。ユイは一日の終わりの楽しみにしているようだが、ソラは当主の前とあって毎回緊張していた。
ユイが、センカに告げる。
「今夜、寄生霊魂の退治に向かいます」
センカの表情が、真剣みを帯びた。
「今度こそ、天龍王の魂を食らったものであることを願う」
「姉上のご期待にこたえられるよう、全力をつくします」
そうは言うものの、天龍王の魂を食らった寄生霊魂かどうかは運任せだ。そのことは、ソラをふくめて三人ともわかっている。
センカが、ソラに視線をすべらせた。
「ソラ」
「はい」
「ユイをよろしく」
「承知しました」
ソラは、センカに向かって頭を下げた。顔を上げたとき、センカの姿はなかった。鏡には、ソラたちが映っている。
ユイは、左腕につけた銀のブレスレットにふれて、立ち上がった。
「行くぞ」
ソラは、ユイに続いて部屋を出た。
マンションの外に、人気はなかった。大通りから一歩入った住宅街は、静まり返っている。
日が落ちて涼しいものの、空気がよどんでいるように感じた。月は建物の陰に隠れており、街灯のせいで星もほとんど見えない。
夜になれば明かりがとぼしくなるソラたちの世界とは、大違いだ。センカと話をしたこともあって、なんとなく故郷が懐かしくなる。
ユイはとくになにも感じないのか、すたすたと先に進んだ。ソラも、気を取り直してユイを追う。
目指すは、
***
ソラはユイとともに、日引家の近くの路地に身をひそめた。
あたりに人がいないのを確認して、封じの装飾をはずす。その瞬間、髪が黒から銀にかわった。耳は頭の上に移り、尻尾が生え、本来の姿にもどる。パーカーも裏返して、上下とも闇にまぎれる黒にする。
ソラは、ポケットにチョーカーをしまいながら、眉をひそめた。路地から顔を出して、日引家を見る。
「寄生霊魂の気配が、ない?」
佐子は家にいない、ということだろうか。
ユイが耳をぴくりと動かす。
「こっちだ」
つぶやいて、日引家とは反対方向に走り出す。しかも、道の真ん中を堂々と。
本来の姿にもどったソラたちは、普通の人間には見えないし、声も聞こえない。視える人間は稀なので、深夜で人通りのない住宅街を走っても気づかれる可能性はかなり低い。だが、万が一のことを考えると、ソラは気が気ではなかった。
ソラは走りながら、先行するユイに目を向けた。
「こんなに堂々と走って、大丈夫か?」
「問題ない。それとも、屋根の上を走るか?」
「うーん、それもどうだろう」
ソラたちの姿も声も、普通の人間には感知できない。だが、屋根の上を行けば足音で気づかれる。このあたり一帯で、謎の家鳴りさわぎが起きるのも問題だ。
ソラが葛藤していると、ユイが足を止めた。ソラもユイの隣に並ぶ。
十メートルほど離れた道の真ん中に、パジャマ姿の佐子が立っていた。ぼんやりした表情で、なにもない空間を見つめている。
道幅は広いものの、丁字路で突き当りが小学校になっているため、人気は皆無だ。ソラたちにとっては都合がいいものの、若い女が夜に一人で来るような場所ではない。
「なんで、こんなところにいるんだろう?」
ソラが疑問を口にすると、ユイは近くの電柱に視線をすべらせた。電柱の根もとに、花が供えられている。
「ここが、妹の死んだ場所だからだ」
「なるほど。罪の意識が、より高まる場所ってことか」
寄生霊魂は夜の闇と、罪の意識を好む。そのため、夜が更けてから佐子のからだを操り、ここまで連れてきたのだろう。
ソラは、ポケットから小型化した刀を取り出した。霊力を注ぎ、もとの大きさにもどして、ベルトにつけた筒に
「追いつめたぞ」
ソラの声に反応したのか、佐子が顔を向けてきた。
「私は
悲鳴とも怒声ともつかない声を発しながら、佐子が頭をかきむしる。目は血走り、口からはよだれが垂れていた。寄生霊魂の力だろうか、ソラたちの存在は感知できているが、だれなのかはわかっていないようだ。
(末期だな)
ユイが数歩前に出る。
「妹の作品を盗んだのか?」
ユイの問いに、佐子がふるえながら口を動かす。
「私は、
言いきった瞬間、佐子がソラに向かって襲いかかってきた。寄生霊魂は、ソラのほうが倒しやすいと判断したようだ。
(なんか腹立つ)
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