14. 百々目鬼

 ソラは刀のつかに手をかけた。しかし、ソラが刀を抜くより先に、ユイが手のひらを前方に突き出した。


 ユイの手のひらから、白い光が放たれた。光は一瞬にして、壁のように平たくなる。ユイが得意とする障壁の展開だ。


 障壁が佐子さこにぶつかる。佐子は強風にあおられたかのように、アスファルトに倒れた。

 ソラは唇をゆがめた。


「出たな」


 佐子が立っていた場所には、化け物がいた。

 背はソラの倍くらいある。腕が異様に長い女の姿で、髪は長く、袖のない白いワンピースをまとっていた。あらわになった腕には、目がびっしりついている。佐子から分離した寄生きせい霊魂れいこんだ。人間たちが百々目鬼どどめきと呼ぶ妖怪によく似ている。


 百々目鬼もどきは、不利を察したのか逃げようとした。だが、光の壁が百々目鬼もどきの行く手を阻む。ユイが、自分たちと化け物を囲むように、障壁を展開したのだ。


 ユイの障壁は、寄生霊魂を分離したり閉じこめたりするだけでなく、人間の目をくらませる効果もある。便利な術だが、人間界と相性が悪いらしく、展開できる時間に制限があった。


十分じゅっぷんだ」

「そんなにかけない!」


 ソラは地面を蹴った。百々目鬼もどきとの距離を一息につめ、跳躍し、脳天目がけて刀を振り下ろす。

 百々目鬼もどきが、からだをひねった。でかいくせに、意外と素早い。


 ソラが斬れたのは、目におおわれた右腕だけだった。しかも、斬り落とすには至っていない。切り口から黒い霧が流れ出ているものの、百々目鬼もどきはほとんどダメージを受けていないようだった。


 ソラは顔をしかめた。着地すると同時に、百々目鬼もどきがソラに向かって腕を振り下ろす。


 ソラは横に跳んで腕をかわした。だが、まだ空中にいるソラに、百々目鬼もどきが反対の腕を伸ばしてきた。長い指の先には、鋭い爪がついている。


 ソラはとっさに刀をかまえて、爪の軌道をそらした。着地した瞬間、逆の腕がソラを薙ぎ払おうとしてくる。ソラは、ぎりぎりでこれをかわした。

 百々目鬼もどきは、長い腕を交互にしならせ、次々と攻撃を繰り出す。


 ソラは、自分を貫こうとする爪をかいくぐり、たたきつぶそうとする腕をよけ続けた。回避はできる。だが、攻める隙が見つからない。

 不意にユイの声が聞こえた。


「その程度の攻撃でひるむな」

「ひるんでない!」


 ソラは大声で返して、鞭のようにしなる腕をよけた。そのまま百々目鬼もどきに接近して、右足を断つ。切り口から、黒い霧が噴き出して、巨体がかたむく。


 ソラは刀をかまえ直した。百々目鬼もどきは、髪を振り乱し、残った足と腕で地面をはった。その先には、倒れた佐子がいる。


宿主しゅくしゅの中に逃げるぞ!」

「わかっている」


 由良が淡々とこたえる。その瞬間、佐子と百々目鬼もどきのあいだに障壁が現れた。


 百々目鬼もどきが、あわてた様子でソラを振り返る。

 ソラは、百々目鬼もどきの真上に跳躍した。


「もらった!」


 ソラは刀を振り下ろして、百々目鬼もどきを真っ二つに斬った。

 着地したソラの前で、百々目鬼もどきのからだが霧散する。


 ソラたちを囲む障壁が消えた。

 黒い霧に混じって、光の粒が一つ、二つと夜空に昇っていく。寄生霊魂が食らった、人々の魂だ。そのうち一つは、佐子のからだにもどっていった。だが、ソラたちが求める天龍王の魂はない。


「今回もはずれか」


 つぶやいたソラの隣に、ユイが並ぶ。


「まあいい」


 そう言って、ユイはポケットからボイスレコーダーを取り出した。

 ソラは首をかしげた。


「何だ? それ」


 ユイが、佐子に視線をすべらせる。


「こいつの告白を録音した。上手くれていたら、データを健人けんとの家のポストに入れておく」

「盗作の証拠ってことか」

「証拠になるかはわからない。どう使うかは、健人に任せる」


 ユイはあたりを見回してから、パーカーを裏返し、左腕に封じのブレスレットをつけた。ユイの尻尾が消えて、耳の位置と形がかわり、髪が銀から黒になる。


 ソラもまた、刀を小さくしてから封じのチョーカーをつけた。そのとき、佐子がうめくのが聞こえた。佐子を見ると、指がぴくりとうごいて、まぶたをふるわせた。


(まずい)


 佐子が目覚める前に、ソラたちは急いで立ち去った。


 人気のない道を、住処すみかのマンションに向かって歩く。ソラは、街灯に照らされたユイの横顔に目を向けた。


「そういえば、あのボイスレコーダー、経費精算できるのか?」

「自腹でもかまわない」


 ユイは前を向いたまま、表情をかえずにこたえた。

 ソラは目をしばたたいた。


(ユイは、人間に興味がないと思ってたけど)


 予想に反したユイの態度に、ソラは思わず笑ってしまった。

 ユイが、ソラを見て眉をひそめる。


「何がおかしい?」

「べつに、なんでもない」


 冷淡で、容赦がないことで知られる上司の意外な一面を見ることができた。


(一つ勝てた気がする)


 あくまで勝てたという気分だけだ。それでも、ソラは尻尾があればゆらしていたに違いない。



 ***



 五体目の寄生霊魂を退治した翌朝、ソラが教室に入ると、継美つぐみが興奮した様子で駆け寄ってきた。


「おはよう! 聞いて! 昨日の夜、ホワイトウルフが出たんだって!」


 ソラは、教室の後ろでかたまった。


「……どこに出たんだ?」

「詳しくはわからないけど、住宅街で見かけたって、SNSに投稿してる人がいたの。少し離れた十字路を、獣の耳と尻尾をつけた銀髪の二人組が横切ったんだって」

「そうなんだ」


 継美の言葉がたしかなら、寄生霊魂の気配をたどって走っていたときに見られたのだろう。


「あっ、でも画像も動画もアップされてないから、フェイクかも」


 証拠がないならなによりだ。目撃者はいたものの、ユイの言ったとおり、たいした問題にはなっていない。

 悔しいが、ユイの言葉はよく当たる。少なくとも、この任務についてから、勘も思考もはずしたことがない。


(いっそ、正体がばれることを気にするより、正体がばれる前に任務を完遂させることを考えたほうがいいのかも)


 ソラは継美の話を聞きながら、これからのことを考えた。



『夜光スミレの調しらべ』の作者、日渡ひわたりしずの盗作疑惑が世間をさわがせたのは、五月も終わりのころだった。

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