23. ため池
夏休みに入って最初の平日。ソラたちは朝早くから電車に乗って、高校生二人が落ちたという池を訪れた。
池は、駅から歩いて十分ほどの公園内にあった。入口の看板に『もとはため池だった』と書いてある。
公園に入ってすぐは広場になっていた。散歩をしている人間たちがちらほらいる。池は公園の真ん中にあり、対岸の人間の顔が判別できないほど広い。ぐるりと回れるよう歩道が整備されていて、対岸の奥は林になっている。
「それにしても、暑いな」
ソラは、手の甲で顔の汗をぬぐった。
隣にいるユイも、涼しい顔をしているが、ひたいに汗がにじんでいる。紺のシャツを着ているので、熱を吸収してよけい暑いのかもしれない。
早めに出てきたというのに、すでに
「ニュースによると、一人はおぼれて病院に搬送。いまだ意識がもどらない。一緒に池に落ちた友人によると『ふざけていて落ちた』そうだ」
しかし、どこで落ちたのかまではわからない。
「とりあえず、池を一周してみるか」
「ああ」
ソラは、ユイと並んでため池のまわりを歩いた。
池は柵で囲まれていた。柵の高さは、ソラのひざより少し上くらいで、簡単に乗り越えることができる。だが、柵と池のあいだは一歩分ほど余裕があるため、故意に柵を越えなければ落ちることはない。
池の水はにごっているが、嫌なにおいはしなかった。市民の
池を観察しながら歩いていると、ユイが突然立ち止まった。対岸を見つめながら、
「まさか、
「違う。だが、視線を感じた」
ユイの視線の先には、林があった。
ソラも身がまえつつ、柵のぎりぎりまで近づいて対岸を観察した。だが、人間たちが歩いているほか、なにも見つけられない。ユイも同じだったのか、林から視線をそらした。
ソラも肩の力を抜いた。そのとき、後ろから声をかけられた。
「身を乗り出すとあぶないよ」
振り返ると老婆がいた。日傘を差し、穏やかな表情でソラたちを見ている。
ソラは柵から一歩離れた。
「すみません」
「この前、池に高校生が落ちたのよ。あなたたちも同じ年ごろみたいだし、無茶なことはしないで、気をつけてね」
「はい……池に落ちた高校生も、二人だったんですよね」
「そうよ、カップルだったみたい。女の子は助かったけど、男の子は救急車で運ばれたの」
おぼれた高校生と一緒に落ちたのは、正確には友人ではなく彼女だったらしい。
「二人が落ちたのって、どのあたりですか?」
ソラがたずねると、老婆は公園の入口の真反対を指差した。
「あそこよ。池に突き出した桟橋みたいなところがあるでしょ? 助かった女の子も、たいそう取り乱していたらしくてね。かわいそうに」
ソラは老婆に頭を下げた。
「ありがとうございます」
老婆は、軽く手を振って去っていった。
ソラはユイに目を向けた。
「事故現場、行ってみるか?」
「ああ」
ソラたちは、ふたたび歩き出した。
池のまわりには、ところどころ街灯が立っている。人間でも、夜歩きに困らなさそうだ。
林の前は枝葉が道にせり出しており、日陰になって涼しかった。しかし、虫が多い。人間が夜に好んでくる場所とは思えなかった。
(まあ、でも、カップルが二人きりになるには、いい場所なのかも)
ソラはだれかとつき合ったことがないため、あくまで想像だ。
桟橋にやってきた。橋の幅は、二人並んで歩いても余裕がある。ここは柵を乗り越えたら即池だが、かわりに柵の高さがソラの腰あたりまであった。
「ここから落ちたって、どんなふざけ方してたんだ?」
「わからないが、寄生霊魂の気配はしない」
「じゃあ、あと半周して、なにもなければ今日は帰るか」
結局、この池に寄生霊魂の手がかりはなかった。
***
調査を終えたソラは、ユイとともに公園の最寄り駅に向かった。
寄生霊魂の手がかりがなくて、がっかりはした。だが、調べ回った結果、寄生霊魂の痕跡が見つかることのほうが少ないため、それほど落ちこんではいない。
それよりも、ソラはクーラーの効いた部屋に早く帰りたかった。
公園の最寄り駅は、住宅街の中にぽつんと立っている。
駅前の道を進んでいると、反対側から見知った二人が歩いてきた。私服姿の
継美が、ソラたちに気づいて足を止めた。
「
「えっと、公園に散歩しに来たんだ。
「ちょっと、警さ……隣町に、忘れ物を取りに」
継美は力なく笑った。目の下にくまができている。
萌菜もまた、目もとが黒ずんでおり、疲れた顔をしていた。ソラと目が合うと、アスファルトに視線を落として、スカートを握りしめる。
ソラは継美に視線をもどした。
「ずっと学校休んでだけど、体調はもういいのか?」
「うん、大丈夫。最近暑くて、ばててただけだから」
継美は笑顔を見せたが、やはり力が入っていない。
(ストーカーのこと、まだ解決してないんだろうな)
だが、今はその話題を振れない。人通りがあるし、継美がソラに相談したことを、当人の萌菜はおそらく知らない。
(あとで、継美にメッセージを送ろう)
そう考えて、ソラが継美に別れを告げようとしたときだ。
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