30. 協力者

「俺たちのこと、視えてるのか?」


 質問したソラに、水渕みずぶちがにっこり笑う。


「見せてもらったよ。君たちがその姿になるところも、妖怪を退治するところも。俺、霊感とかそういうの強いんだよね。おばあちゃんの実家が寺でさ。桜ちゃんの先祖は、たぶん陰陽師か何か」

「違います」


 水渕の背後で、涼正りょうせいがすかさず否定する。

 二人の血筋は定かでないが、人間にしては霊力が強いのはたしかだ。


 ユイが、鋭い目つきで水渕たちをにらむ。


「最近、俺たちをつけていたのも、おまえたちか」

「あっ、ばれてた?」


 ソラは気づかなかったが、どうやら尾行されていたらしい。

 得体の知れない水渕に、ソラは思わずあとずさりした。


「俺たちの正体を探って、どうするんだ? 人間たちにばらすつもりか?」

「さあ、どうしようかな」


 ひるんだソラにかわり、ユイが水渕の相手をする。


「ばらせば、おまえたちにとってろくなことにならない」

「そうだろうね。けど、俺も君たちの正体を突き止めるよう、依頼されてるし……そっちの事情次第かな」


 ユイは一呼吸置いてから、口を開いた。


「俺たちは、こことは異なる世界から来た。王の魂を食らった妖怪を、退治するために」


 寄生きせい霊魂れいこんと言わなかったのは、人間に対してわかりやすく説明するためだろう。

 水渕が、あごに手を当ててソラたちを見てくる。


「そっか。べつに、悪い妖怪を退治する正義のあやかしってわけじゃないのか」

「標的とそうでないものの区別がつかないため、手当たり次第に退治している」

「ちなみに、その耳と尻尾は本物?」

「そうだ」


 ユイは、耳と尻尾を動かしてみせた。


「なるほど、なるほど」


 人間にとっては突拍子もない話だろうが、水渕は信じたようだ。


「事情はわかった。けど、どうしようかな、ばらしちゃおうかな」


 ユイが、からだの横でぴくりと手を動かす。それを見て、水渕は苦笑いした。


「うそうそ、だれにも言わないよ。今のところはね。盗撮も盗聴もしてないし、なんなら身体検査をしてもいい」

「その必要はない。だが、こちらの事情を知られたからには、だまって帰すわけにはいかない」

「要求は?」

「俺たちの協力者になってもらう」


 ソラはユイに耳打ちした。


「本当にいいのか?」

「ああ」


 ユイの視線の先で、水渕が首をかしげる。


「協力者って、一緒に妖怪退治をしろってこと?」

「そこまでは求めない。妖怪に寄生された者を探すのに、力を貸してもらうだけだ」

「寄生された者? もしかして、妖怪に取りかれた人は、深夜に徘徊はいかいするようになったり、そのあと死んじゃったりする?」

「放っておけばそうなる」

「なるほど……もし、要求を断ったらどうする? 俺たちを消す?」

「それは、いちばん楽な方法だ」


 ユイはさらっと言うが、内容はおどしだ。ソラたちに協力したところで、水渕たちが得することはない。受けた依頼とやらに、反することにもなるだろう。

 普通の人間なら、ソラたちの正体を依頼人にばらしたあと身を隠せばいい、と考えるのではないか。


(こんなおどし、通用するわけ……)


「いいよ」

「通用した!」


 軽い口調で言ってのけた水渕に、ソラは思わず突っこんだ。

 涼正が水渕にたずねる。


「いいのですか? 彼らの正体をだまっていては、依頼に反することになりますが」

「王の魂を食らったっていう妖怪を退治したら、いなくなってくれるみたいだし、協力したほうが早く片づくでしょ? 人間の犠牲も少なくすみそうだし。ねっ、ユイ君?」

「ああ」


 ユイが同意をしめす。

 水渕は、涼正を振り返った。


「そもそも、依頼内容は『ホワイトウルフおよび彼らと妖怪や奇病との関連について調査し、判明したらすみやかに報告すること』であって、契約書には具体的に『判明してからいつまでに報告するか』は書いてないからね。依頼人には、二人が異界に帰ってから報告する」

「言い訳として、いささか苦しいのでは?」

「なんとかごまかしてみせるよ。ていうか、ユイ君たちが行動できなくなったら、妖怪がらみの事件が全部俺のところに回ってきて面倒そうだし。なんたって、二人に協力したほうが面白そうだ」


 おそらく、最後の二言が水渕の本音だ。


「わかりました」


 涼正は、ため息混じりにこたえた。

 ことの成り行きを見守っていたソラは、目をしばたたいた。まさか、本当に人間の協力者ができるとは思っていなかった。


 ユイが左腕に封じの装飾をつけて、人間の姿になる。

 水渕が、ユイのブレスレットを指差す。


「それ、便利そうだね」


 ユイはなにも言わない。

 ソラもまた、刀を小型化してからチョーカーをつけた。狼の耳と尻尾が消えたところで、水渕たちをあらためて見る。


「協力するなら、とりあえず家の最寄り駅まで送ってくれ。どっちかは車で来たんだろ?」


 そうでなければ、水渕たちもソラたちと同様、帰りの足がなくなってしまう。

 水渕が小首をかしげる。


「送るのはかまわないけど、どうせなら駅じゃなくて家まで送るよ?」

「家まではいい」

「あー、ソラ君は、俺たちのこと信用してないんだ」


 水渕は肩を落とした。どうせ、ソラたちの住処すみかも、通っている高校も調査ずみだろうが、知られているだけなのと実際についてこられるのとでは気分が違う。


 涼正が、携帯端末を耳から離す。電話をかけていたようだ。


「そこにいる少女については、警察に任せました」


 涼正の視線の先には、桟橋の柵にもたれる萌菜もながいた。寄生霊魂が抜けたことでよほど衝撃を受けたのか、当分目を覚ましそうにない。

 水渕が涼正の背中をたたく。


「ありがとう。じゃあ、警察が来る前に、ユイ君たちを車に案内してあげて。俺は適当に事情を説明しとくから。あと、ソラ君にはタオルを貸してあげてね」

「わかりました」


 そう言われて、ソラは自分がぬれていることを思い出した。急に水の冷たさを感じて、くしゃみが出た。

 鼻をすするソラを一瞥いちべつして、涼正が歩き出す。ソラたちはパーカーを回収しつつ、涼正のあとに続いた。


 遊歩道を歩きながら、ソラはユイにささやいた。


「できたな、人間の協力者」

「これで任務の効率が上がる」

「そうだな。早く、任務が達成できるといいな」


 つぶやいて、ソラは街灯の向こうの夜空を見上げた。

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