7. 尾行

 五月の頭にある四連休の二日目、ソラはローテーブルの脇に立って、携帯端末に書いたメモを見ていた。


「じゃあ、調べたことを整理するぞ」


 ユイが、ソファーでプリンを食べながらうなずく。休みなので、着ているのは制服ではなく、襟のついたシャツとスキニーパンツだ。ちなみに、ソラは長袖のTシャツとカーゴパンツを合わせている。


 ユイは顔立ちが整っていて、ぱっと見は落ち着いているため、私服もおとなびた感じだ。一方のソラは、顔に年相応の幼さが残っているため、高校生らしく元気な感じを出している。好きなものを着ることより、人間にまじっても目立たないことを優先した服装だ。


 ユイがスプーンを口に運ぶ。もうすぐ昼食だし、真面目な話をするので、ソラとしてはユイに一度食べるのをやめてほしかった。だが、注意するのも面倒くさくなってきたので、そのまま話を続ける。


「まずは健人けんとだけど」


 健人については、ユイが連休前に学校で調べた。


「名前は駒村こまむら健人。陸上部で、クラスではあまり目立たない。同じ中学だった生徒によると、兄弟はいなくて、両親と三人暮らし。隣に住む同い年の幼馴染と仲がよかったけど、その幼馴染が二か月前に交通事故で死亡。かなりショックを受けたらしい。あと、その幼馴染が作家を目指してたとか」


 ソラは携帯端末をいじって、次のメモを見る。


「ネットで『夜光スミレの調しらべ』について調べたら、案の定かなり評判がよかった。批判的な意見もあったけど、人気作品はそういうものだっていうし、べつにおかしなことじゃない。ためしに昨日、出版社や印刷所の前まで行ってみたけど、寄生きせい霊魂れいこんの気配はなかった。だよな?」


 プリンを食べ終えたユイが、ソラに目を向ける。


「ああ。今のところ、とくに得たものはない」

「そういうことだ」


 寄生霊魂は、宿主しゅくしゅとなった者の魂を少しずつむしばむ。そして、短くて数か月、長ければ一年以上かけて魂を食いつくす。


 ソラたちにしたら、人間が死のうが生きようが、正直なところどちらでもいい。だが、寄生霊魂を退治するときは、宿主が死ぬ前をねらう必要がある。

 寄生霊魂は、宿主の魂を食いつくすと、すぐさま次の宿主に寄生する。そうなれば、宿主を探すところからやり直しだ。


 ソラは、携帯端末の画面をオフにした。


「次はどうする? 俺としては、健人がまだ何か隠してる気がするんだけど」


 ユイが、あごに手を当てて考えこむ。しばらくして、すくっと立ち上がった。


「健人の周辺について探る。死んだ幼馴染が気になる」

「でも、どうやって探る? 休み明けまで待つか?」


 ユイが、ダイニングテーブルにある時計をちらりと見た。


「この時間なら、健人は部活で学校にいる。帰ることろを尾行する」


 ユイの案に対して、ソラはとくに異論はなかった。


「了解」


 ソラはうなずいて、ユイとともにマンションを出た。



 ***



 休日の合蘭あいらん高校は、運動部のかけ声や、吹奏楽部のかなでる音色でにぎやかだった。しかし、学校の周囲に人影はない。


 生徒が最もよく使う校門の前は、歩道のある二車線の道路になっている。

 ソラたちは、学校と道をはさんで反対側に向かった。自販機の陰に隠れて、校門から健人が出てくるのを待つ。

 何が入っているかわからないが、ユイは小さなショルダーバッグを持っていた。


 十分ほどして、学校の中が静かになった。午前の部活が終わったのだろう。

 さらに十五分ほどすると、校門から制服を着た生徒たちが出てきた。

 ソラは健人を見逃すまいと、生徒たちの姿を目で追った。


(来た! 健人だ)


 スポーツバッグを斜めがけしている。健人は友人に手を振って、ソラたちのマンションとは反対方向に歩いていった。


 ユイが動き出す。


「行くぞ」


 ソラたちは、健人に気づかれないよう一定の距離を保ちながら、あとを追った。

 幸い、健人は自転車にもバスにも乗らなかった。大通りを渡り、住宅街をひたすら歩く。


 学校からニ十分ほど歩いたところで、健人は家の前で立ち止まり、バッグから鍵を取り出した。

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