4. 昼休み

神守かみもり、食堂行こうぜ」


 昼休み、ソラに声をかけてきたのは人間の友人だ。教室の後ろで、三人の男子生徒がソラを待っている。

 人間たちにまぎれるため、ソラは交友関係にも気をつかっていた。学校では、一人でいるよりグループで行動したほうが、なにかと都合がいい。


「ちょっと待ってくれ」


 ソラは、リュックから弁当を取り出そうとした。そんなソラに、友人が声をかけてくる。


「今日も弁当か?」

「まあな」


 この学校には食堂も売店もあるが、栄養面、味の好み、経費削減の理由から、ソラは毎朝弁当を作っている。ユイの分も一緒に。


 リュックの底から弁当を出したところで、ソラは顔をしかめた。


「げっ」


 弁当箱を包んでいる布が、いつもと違う。

 ソラのリュックに入っていたのは、ユイの弁当だった。ソラの包みは青で、ユイの包みは赤だ。中身も違う。ソラの玉子焼きは出汁をきかせているが、ユイの玉子焼きは砂糖をたっぷり入れて甘くしている。


 朝、急いでいたので間違えたようだ。ユイが出汁の玉子焼きを食べたら、甘くないと言って、おそらく寝るまで機嫌が悪い。


(それは、面倒くさい)


 ソラは、ふたたび友人たちを見た。


「ごめん、兄貴の弁当と間違えたから、交換してくる。先に行っててくれ」


 人間界では、ソラとユイは兄弟ということになっている。顔も性格も似ていないが「両親が再婚して、その連れ子同士」と説明すると、だいたい納得してもらえる。

 友人の一人が、ケラケラと笑う。


「ソラはブラコンか?」

「ちげーよ」


 からかってきた友人に引きつった笑顔で返して、ソラは二年の教室に向かった。


 二年二組の教室をのぞくと、ユイは席に座って本を読んでいた。距離があるのでタイトルはわからない。とりあえず、まだ弁当は食べていないようだ。


(間に合った)


 ソラは、ほっと息をついた。

 ふと手前に視線を移すと、弁当を広げていた女子生徒たちが、ユイを見てキャッキャと話をしていた。ユイの容姿は、人間たちにもうけがいいようだ。


 ユイはソラと違って、人間と親しくしている様子がない。ただ、任務のためか、人間について知ろうとはしているようで、よく図書館で本を借りている。小説が多いので、ただ人間の創作物を楽しんでいるだけかもしれないが。

 どちらにしても、目立ってはいないのでよしとする。


 ソラは、ユイを呼ぼうとして口を開いた。そのとき、一人の男子生徒がユイに声をかけた。背が高く、制服の上からでも筋肉質なのがわかる。髪は黒くて短く、真面目でおとなしそうな印象を受けた。


 ユイが、ちらりと男子生徒を見上げる。男子生徒は、ユイに何やら話しかけていた。力を封じて感覚が人間並みになっているソラには、聞き取ることができない。

 ユイが、男子生徒に向かって首を横に振る。それを見て、ソラは目をしばたたいた。


(ユイも、ちゃんと人間とコミュニケーション取るんだな)


 男子生徒はユイに笑顔を向けて、その場を離れた。

 ソラは、男子生徒が教室を出るのを見届けてから、ユイを呼んだ。


「おーい! ユイー」


 気づいたユイが、ソラを振り返る。何の用だと言いたげに眉根を寄せたユイに、ソラは持っていた弁当を軽く持ち上げてみせた。


「間違えたから、持ってきたんだ」


 ユイは状況を理解したのか、本を閉じた。スクールバッグから弁当を取り出して、ソラのほうに歩いてくる。


「よかったな、食べる前で。ユイ、玉子焼きが甘くなかったら怒るだろ」

「……そうでもない」

「嘘つけ」


 ユイが弁当を差し出してくる。ソラは弁当を交換しながら、ふとユイにたずねた。


「さっき、クラスの人間と何話してたんだ?」

「昼食に誘われたが、断った」

「ふーん。じゃあ、せっかくだし俺と食べないか? 天気もいいし、中庭にでも行って。毎日一人っていうのも、味気ないだろ?」

「一人でもかまわないが、たまには外で食べるのもいい」


 そう言って歩き出したユイを、ソラはだまって追いかけた。食堂に向かった友人には、行けなくなったと、携帯端末からメッセージを送っておいた。


 中庭では、すでに何組かの生徒たちが弁当を食べていた。ベンチに座る生徒もいれば、芝生の上で弁当を広げている生徒もいる。


 ソラたちは、あいていたベンチに腰かけた。弁当箱を開けると、いろいろなおかずの合わさったにおいが立ち上る。ソラの腹が、催促するかのように鳴った。


 弁当を半分ほど食べたところで、ソラはユイに話しかけた。


「そういえば、ホワイトウルフがだいぶうわさになってるみたいだぞ」

「そうか」


 ユイの反応は薄い。

 ソラは周囲を見渡してから、ほかの生徒に聞こえないよう声を落として続けた。


「ユイは気にならないのか? 正体がばれたら、さわぎになって任務どころじゃなくなるぞ」

「うわさ程度ならかまわない。それに、俺たちが異界から来たことがばれれば、この世界の神が、人間たちの記憶も出回っているデータも消す」


 ユイの言葉に、ソラは眉をひそめた。


「それって、この世界の神がものすごく大変だし、異界間問題になるだろ」


 任務中断だけではすまない。

 ソラは、あきれてため息をついた。そんなソラに対して、ユイは顔色一つかえない。


「視える人間はごくわずかだ。そう簡単に、俺たちの正体がばれることはない。いざとなれば、障壁を使って目をくらますこともできる」

「そういうもんかな」


 ソラはつぶやいて、玉子焼きを口に入れた。我ながら上手くできている。硬すぎずやわらかすぎず、出汁の加減も実にいい。


 先に食べ終えたユイが、弁当箱を片づけて立ち上がる。


「図書館に行く」

「授業、遅れるなよ」


 校舎に向かって歩くユイを、ソラはミニトマトを食べながら見送った。

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