5. 『夜光スミレの調』
ソラが自分の席にもどると、前の席で
「何描いてるんだ?」
ソラが手もとをのぞきこもうとすると、継美はノートにおおいかぶさった。
「なっ、なんでもない!」
「そっか」
ソラとしても、たいして興味があったわけではないので、無理にノートを見ようとは思わなかった。
弁当箱をリュックにしまい、机から次の授業の教科書を出したところで、ソラは図書館に行ったユイのことを思い出した。
「そういえば、片沼さんって小説とか詳しい?」
ノートを閉じた継美が、からだごとソラを振り返る。
「まあ、人並み以上には詳しいと思うけど、なんで?」
「俺の兄貴が小説にはまってるみたいで、おすすめがあったら教えてほしいんだけど」
次の瞬間、継美の目がきらりと光ったような気がした。
「フッフッフッ……それを私にきいちゃいますか」
ソラは、わずかにからだを引いた。
(俺、まずいこときいちゃった?)
身の危険を感じたものの、一度口に出してしまったことを、いまさらなかったことにはできない。
継美はスクールバッグから一冊の文庫本を取り出すと、鼻息荒く語り出した。
「これ『夜光スミレの
継美が、勢いよく本を差し出してくる。
ソラは継美の迫力に気おされながらも、本を受け取った。
「ありがとう」
「返すのはいつでもいいから。私、家にもう一冊、保存用があるから」
「ああ、うん……わかった」
ソラは、あらためて文庫本の表紙を見た。そこには、着物姿の少女と洋装の男、それに妖怪らしきシルエットが描かれていた。タイトルはやや細めの字で『夜光スミレの調』と縦書きされており、タイトルの横に『日渡静』と作者名が書かれている。
(ユイ、読むかな?)
とりあえず渡してみよう。そう考えたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。
***
授業が終わり、ソラはスーパーで食材を購入してから、マンションにもどった。
「ただいまー」
ユイは先に帰宅しているはずだが、返事はなかった。リビングにも姿がない。
ベランダにつながるガラス戸の前に、洗濯物を入れたかごが置いてあった。ユイが取りこんでくれたようだ。
(できれば、たたんでおいてほしかったけど……)
前にユイが洗濯物をたたんだときのことを思い出して、ソラは
ソラは食材を冷蔵庫に入れてから、寝室に向かった。
「ユイ、いるか?」
扉を開けると、ユイはソラのベッドに腰かけて、ノートパソコンを開いていた。飴をなめているのか、ほおが少しふくらんでいる。
(机があるんだから、そっちで作業すればいいのに)
ソラは、部屋に入って右側、小さな机の横にリュックを置いた。そして、たたんであるユイの布団の上に座った。せまいからか経費削減のためか、ベッドは一台しか用意されていない。
もちろん、何にいくら使ったかは報告しなければならないし、場合によっては経費として認められないこともある。
ソラは、スーパーのレシートをユイに渡した。
「これ、経費精算よろしく」
ユイはレシートを受け取ると、ざっと目を通してからキーボードを打ち始めた。
「それから……」
ソラは手を伸ばして、リュックから文庫本を取り出した。継美から借りた『夜光スミレの調』だ。
「これ、クラスの人間から借りたんだけど、読むか?」
ユイは、ソラの持つ本の表紙をじっと見つめていた。しばらくすると、パソコンを閉じて本を受け取る。
「ああ」
どうやら興味はあるようだ。ソラはユイの好みを当てられたことに、なんとなく優越感を覚えた。
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