3. ホワイトウルフ

 学校前の道を歩きながら、ソラはほっと息をついた。まわりには、ほかの生徒たちもたくさんいる。


(いつもの時間に間に合いそうだ)


 ソラたちが通うのは、合蘭あいらん高等学校という私立高校だ。マンションから歩いて十五分ほどのところにある。一学年の生徒数は三百六十人。進学校で、制服以外のファッションは自由というおおらかな校風だ。

 おかげで、ソラが霊力を封じるために銀のチョーカーをつけていても、ユイが同じく銀のブレスレットをつけていても目立つことはない。


 ソラは校門をくぐったところで、隣にいるユイに目を向けた。


「じゃあ、またあとでな」

「ああ」


 ソラはユイと別れて、一年五組の教室に向かった。

 年齢的に、ソラは一年でユイは二年だ。年を偽って同じ学年になるという手もあったが、別々に行動したほうが情報を集めやすいというユイの意見で、学年をわけた。


 ソラの席は、窓側から二列目の真ん中あたりだ。

 ソラがリュックを下ろして席に着くと、前の席の女子生徒がソラを振り返った。


神守かみもり君、おはよう」


 ソラもユイも、人間界では神守という苗字で通している。

 なにやら目を輝かせている少女に、ソラは笑顔で返した。


「おはよう」


 彼女の名前は片沼かたぬま継美つぐみ。髪は明るい茶色で、肩にふれるくらいの長さだ。前髪に赤いヘアピンをつけている。赤は、ゲームの推しキャラクターのイメージカラーだそうだ。


 入学したてのころ、継美は窓辺で女友達とアニメの話をしていた。ソラは実地訓練中にそのアニメを観ていたため、席にもどった継美に話を振った。それから半月、ソラは継美から、趣味の話ができる相手として重宝されていた。


 継美が、ソラの机に身を乗り出す。


「聞いて! 昨日の夜、またホワイトウルフが現れたんだって!」


 そう言って、携帯端末の画面をソラに見せてくる。


 画面に表示されていたのは、黒い服の二人組がビルの屋上を走っている短い動画だ。小さくてぼやけているが、髪が銀色なのと、獣の耳と尻尾があるのがわかる。


 ホワイトウルフとは、二月下旬から夜木原よぎはら市をさわがせている銀髪の二人組のことだ。獣の耳と尻尾があり、満月の夜に現れたことからウルフと名づけられたらしい。


 なお、その二人組とは、封じをはずしたソラとユイである。


 ソラは、目が泳がないよう気持ちを落ち着かせながら、自分の映る画面を見ていた。


「へえ……」


 それ以上、なにも言えなかった。


 寄生きせい霊魂れいこんも、封じをはずしたソラたちも、ほとんどの人間には感知されない。本来なら、画像や動画にも映らない。だが、人間の中にはいわゆる「視える者」がいて、そのような人間には本来の姿のソラたちが視えるし、画像や動画も撮れてしまう。


 画像や動画になれば、視えない者でも封じをはずしたソラたちを見ることができる。しかも、人間たちは、インターネットを使ってデータをあっという間に広めることができた。

 救いなのは、今のところ、顔がわかるような鮮明な画像や動画がないことくらいだ。


(夜中に動いたり、黒い服を着たり、ビルの上や路地を移動したり、人目につかないようにはしてるんだけど)


 あらためて動画を見ると、銀色の髪も、人間とは異なる耳や尻尾もかなり目立つ。だが、霊力を封じたままでは、寄生霊魂に遭遇したとき力を発揮できない。フードをかぶると聴覚が鈍るし、尻尾を隠すのもなかなか難しい。


(ロングコートは動きにくいし、今の季節じゃ暑いんだよな……でも、パーカーをリバーシブルにしたのは正解だったな)


 人間たちは、ホワイトウルフといえば黒い服、というイメージを持っているらしい。そのため、服の色をかえれば、退治の前後に人間の姿で街を歩くソラたちを、ホワイトウルフだと疑う人間は減らせるはずだ。


 いっそ、マンションから本来の姿で移動すれば、変装の必要がなくなるのでは――とソラは思ったが、本来の姿でマンションを出入りすれば、視える人間に「異形の住処すみか」を特定される恐れがあるとユイに却下された。


 継美はソラの悩みなど知らずに、ホワイトウルフについて熱く語る。


「ホワイトウルフの正体については、コスプレイヤー説とか人外説とかいろいろあるけど、私は人外説を推してて、人知れず悪い妖怪を退治してる人間の味方の妖怪、なんてことだったら夢がふくらむ……って、私、妄想しすぎ? あと、アルファとシリウスの関係も気になってて」


 ソラは首をかしげた。


「アルファとシリウス?」


 はじめて聞く言葉だ。

 継美が、ループする動画を指差しながら鼻息を荒くする。


「前を行くのがアルファで、後ろにいるのがシリウス。最近、ネットではそう呼ばれてるんだ」


 つまり、ユイがアルファで、ソラがシリウスということだ。

 ユイは今回の任務の隊長で、ソラにとっては上司に当たる。アルファは狼の群の最上位を表す言葉なので、名づけ方としては間違っていない。

 シリウスはというと、異国では天狼と呼ばれる星なので、たぶん狼つながりで名づけられたのだろう。


(継美の話しぶりだと、ホワイトウルフがだれか、特定しようとしてる人間がいてもおかしくないよな)


 そう考えたとき、教室に担任の教師が入ってきた。生徒たちがあわてて席に着く。継美も前を向いた。

 ソラは、教卓の後ろに立つ担任を見るともなしに見ていた。


 ソラたちが人間でないことがばれれば、任務に支障をきたす。それだけではない。当主から「人間に極力影響をおよぼさないように」と命じられているので、相応の罰を受けることになるだろう。


(これ以上、さわぎが大きくなるのは困るな)


 担任が連絡事項を話すのを聞きながら、ソラは胸の内でうむとうなった。

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