2. 朝のひととき

 ソラは、マンションのベランダで洗濯物を干しながら、あくびをした。

 昨夜は任務があったため、寝たのは二時すぎだ。非常に眠いが、今日は天気がいいので洗濯物を外に干したい。


 ソラが洗濯かごを抱えてリビングにもどると、キッチンから飯の炊けるにおいがただよってきた。

 部屋の中では、ユイがソファーに座ってノートパソコンをいじっている。


「情報収集か?」

「ああ」


 ユイは、画面を見たままこたえた。通りすがりに画面をのぞくと、ニュースの一覧が表示されていた。


 ソラたちの世界と人間界では、文化がまるで異なる。そのため、人間界に来るにあたり、ソラたちは人間の暮らしぶりや知識について、半年かけてたたきこんだ。

 人間界に来てからも、化け物退治をしつつ一か月ほど実地訓練をした。そのため、人間の知識や言葉、道具は問題なく使える。


 人間にまぎれるため、高校にも通っている。今、ソラとユイが着ているのは、高校の制服だ。紺のブレザーで、なかなか着心地がいい。

 ちなみに、高校に入られたのも、このマンションの一室を借りられたのも、雪狼せつろう家の外交班と工作班のおかげだ。


 ソラがキッチンで朝食の支度をしていると、ビリビリとビニールの包装を開ける音がした。見ると、ユイがチョコレートバーを食べている。

 ユイは人間界に来てから、人間の菓子にはまっていて、とくに甘い物に目がない。


 ソラは顔をしかめた。


「食事前だぞ。それに、経費を削減するようにって、当主に言われてるだろ」

「自腹だから問題ない。朝食も食べる」


 ユイはパソコンから目を離さずに、淡々とこたえた。


「それなら、まあ、ゆるしてやる」


 料理を残さないなら、作り手として文句はない。

 ソラはダイニングテーブルに、焼き魚と味噌汁、炊き立ての白飯を二人分並べていく。


「ところで、寄生きせい霊魂れいこんにかんする情報はあったか?」


 ソラの問いに、ユイは首を横に振った。閉じたノートパソコンをローテーブルに置いて、食卓につく。


 寄生霊魂とは、人に宿ってその魂を食らう存在だ。ソラたちの世界では、光か火のかたまりのような浮遊体だが、人間界では妖怪と呼ばれるものとよく似た姿になる。どうして界をまたぐと姿がかわるのかは、よくわかっていない。


 ソラはエプロンをはずして、ユイの前に座った。


「天龍王の魂を食らった寄生霊魂は、いつになったら見つかるんだろうな」

「そのうち見つかる。人間界にいるのは間違いない」


 ソラたちの世界は、四人の龍王によって治められている。ソラたち雪狼家が仕える王を、天龍王という。その天龍王が八か月前、寄生霊魂に魂を食われた。一命は取り留めたものの、いまだ昏睡状態が続いている。


 ソラたちの任務は、天龍王の魂を食らった寄生霊魂を倒し、その魂を取りもどすことだ。


 寄生霊魂は普通、界をまたいで移動はしない。だが、どうやってか、天龍王の魂を食らった寄生霊魂は人間界に逃れた。ソラたちが人間界にいるのは、寄生霊魂を追ってきたからだ。


 ソラは、味噌汁を一口すすった。出汁の香り、味噌の濃さともに上出来だ。寝不足のからだにしみる。


「寄生霊魂が一体だけなら、楽だったんだけどな」


 これまたどういうわけか、標的の寄生霊魂と同時に、ほかの寄生霊魂も複数体、人間界に移った。その理由も、全部で何体いるのかも不明だ。


 わかっていることといえば、寄生霊魂たちが、この夜木原よぎはら市と呼ばれる人間の街に逃れたことだけだ。

 夜木原市はこの国有数の大都市で、人口が多く、寄生霊魂の宿主しゅくしゅになりうる者も多い。目的の一体を見つけるのは、簡単なことではなかった。


「四体倒して当たりがないってことは、別の街に移動してるんじゃないか?」


 ソラはちらりとユイを見た。ユイは、焼き魚の小骨を取っているところだった。


「その可能性も考えて、ほかの街についても調べている。だが、寄生霊魂がかかわっていそうな事件や事故は、今のところよそでは見つかっていない」


 寄生霊魂は、人が抱く罪の意識に引かれる。そのため、ユイは最新の事件や事故をはじめ、怪奇現象や未解決事件、指名手配犯、都市伝説などについて調べていた。


「それに、この街からは、まだ寄生霊魂の気配がする」


 ユイはこの特別任務の隊長であり、感覚も直感もソラより鋭い。


「まあ、ユイが言うならそうなんだろ……って、のんびりしてると遅れる!」


 テーブル脇の時計は、八時五分前をしめしていた。朝食のあと片づけをして、身支度を整えてからマンションを出ても、ホームルームにぎりぎり間に合う。だが、ぎりぎりでは目立つ。


 この任務で大事なことは、人間にまぎれて、目立たないことだ。目立てば行動も情報収集もしづらくなるし、万が一正体がばれれば、任務どころではなくなってしまう。


 実は、すでに少しばれてもいる。


「ユイも急げよ」


 いまだ小骨を取っているユイに声をかけ、ソラは白飯をほおばった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る