ホワイトウルフは闇夜にまぎれて妖怪を狩る

辰栗 光

第一章 人気小説の秘密

1. 異形の二人

 人気ひとけのない夜の路地で、ソラは刀を手に化け物と向かい合っていた。

 やせ細った犬のような化け物が、牙をむいてうなる。


「来い!」


 ソラの言葉を理解したわけではないだろうが、化け物が飛びかかってきた。

 ソラは刀を振り下ろして、化け物を斬り伏せた。


 刀をさやに収めると同時に、化け物が黒い霧となって散る。


 霧に混じって、光の粒がいくつか、春の夜空に昇っていった。それを見ながら、ソラはため息をついた。


「また、はずれか。これで何体目だっけ?」


 ソラの問いに、相棒兼上司のユイがこたえる。


「四体目だ」


 ソラは十五歳で、身長も顔立ちもこの国では十人並みだ。長かった髪も、さわやかになるよう短く切った。この国では、髪の長い男は少数派だという。ソラたちの故郷とは逆だ。


 一方のユイは、ソラより一つ年上で、背も少し高い。ソラと違って髪を切るのを渋り、ささやかな抵抗として今も襟足えりあしがやや長かった。そして、顔がずば抜けて整っている。琥珀こはく色の目をせまい夜空に向けている姿は、腹が立つほど凛々りりしい。


(しかも強いとか、反則だろ)


 ソラはユイと組んでいる。だが、故郷でいろいろあって、いつかユイを負かしたいと思っていた。ユイと行動をともにして三年。念願はまだ果たされそうにない。


 じっと見ていたせいか、ユイが視線をよこしてきた。


「どうした? ソラ」

「べつに、なんでもないけど」


 ソラは平然とつぶやいたものの、苛立いらだちがあふれて、思わず尻尾を一振りした。


 ソラもユイも人間ではない。髪は銀色で、狼の耳が頭の上についており、尻尾も生えている。感覚も身体能力も人間より上だ。


 ちなみに、人間の服を、尻尾が出し入れできるよう改造したのはソラだ。

 任務のときは、闇夜にまぎれやすいよう黒の上下を着るようにしている。上着のパーカーはリバーシブルで、軽くだが変装できる。


 ソラたちは、ある任務を負って人間界に来た。任務の説明は難しいが、人間でいうところの妖怪退治だ。


(いったん、落ち着こう)


 ソラは腰の刀にふれた。ベルトに取りつけた革製の筒に、鞘を差せるようになっている。

 霊力を注いで刀を小型化し、ポケットにしまった。人間界では、刀を持ち歩いていると非常に目立つ。


 ふとユイを見ると、銀色だった髪が黒くなっていた。耳の位置と形も人間と同じになり、尻尾もなくなっている。パーカーも裏返して、ライトグレーにかわっていた。

 ユイは、左腕につけた銀のブレスレットをさわりながら、ソラに目を向けてきた。


「ソラも力を封じろ」

「言われなくても、わかってる」


 ソラは刀をしまったのと反対のポケットから、銀のチョーカーを取り出した。

 これは封じの装飾と呼ばれ、ソラたち異界から来た者の霊力を、ある程度封じることができる。容姿をかえるだけでなく、感覚や身体能力を鈍らせもした。


 チョーカーを首につけると、ソラは見た目も中身もこの国の人間と同じになった。ただし、目の色はかわらない。ソラの目は焦げ茶色で、ユイよりこの国の人間にまぎれやすくはあるが。


「じゃあ、退治も終わったし、家に帰って……って、ユイ、何してるんだ?」


 ソラはパーカーを裏返しながら、眉間にしわを寄せた。

 ユイが、ポケットから手鏡を取り出す。


「当主に連絡を取る」

「こんなところでか! 人間に見つかると面倒だし、帰ってからのほうがいいだろ」


 路地の先に目をやると、灯りに照らされた夜の街と、通りを行きかう人々が見えた。路地には店もなく、人目につきにくくはあるものの、万が一があってはならない。


 それに、近くには化け物に寄生されていた男が、いまだ壁にもたれて気絶している。いつ目を覚ますかわからない。

 だが、ユイはかまわず手鏡に霊力を注いだ。


「連絡は早いほうがいい。それに、姉上の顔が見たい」

「特務隊の隊長が、私的な理由で行動していいのか?」


 特務隊といっても、属しているのはユイとソラだけだが。

 ソラの問いに、ユイがこたえることはなかった。


「このシスコンめ」


 ぼそっとつぶやいたソラを、ユイが鋭い目つきでにらんできた。しかし、なにも言わずに鏡に向き直る。


 ソラはしかたなく、ユイの後ろに回って鏡をのぞきこんだ。報告をするときは二人そろって、と当主から命じられているため、顔を出さないわけにはいかない。

 だが、鏡に映ったのは当主ではなく、当主のそば仕えの男だった。


 ユイが、あからさまにがっかりした顔をする。そんなユイに、男が鏡ごしに頭を下げた。


「これはユイ様」


 男は、さっきまでのソラたちと同じく髪が銀色で、狼の耳と尻尾があった。まとっているのは、藍色の衣とはかま。この国でいうと、中世の武士のような服装だ。衣には、雪狼せつろう家の家紋である雪の結晶が描かれている。


 男が顔を上げたところで、ユイがたずねた。


「姉上は?」

「当主は来客対応中です」


 ユイが眉をひそめる。


「こんな深夜にか?」

「はい。天龍王のお使いの方と」

「……そうか」


 ソラは、ユイの肩に手を置いた。


「龍王の使いじゃ、しかたないよな」


 ユイはちらりとソラを見たのち、鏡に向かって告げた。


「今回もはずれだったと、姉上に伝えてくれ」

「承知しました」


 男が返事をしたところで、鏡は異界を映すのをやめた。

 ユイは、自分たちを映す鏡にため息をもらして、ポケットにしまった。


「行くぞ」


 そう言って、通りに向かって足早に歩く。


「あっ、待てよ」


 ソラは小走りでユイに並び、家路についた。

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