9. ティータイム

 ソラは、二人がけの椅子にユイと並んで座った。


 テラスには、ソラとユイしかいない。日渡ひわたりしずこと日引ひびき佐子さこは、お茶を用意するため家に入っている。健人けんとも、佐子を手伝いに行った。


 ソラは、ユイの耳もとでささやいた。


「いつの間に、演技なんて覚えたんだ?」

「姉上に『あなたの笑顔は人をきつける』と言われたから、やってみた」

「なるほど、姉上ね」


 話をしていると、家の中からカチャカチャと音が聞こえた。佐子がトレーを手にもどってくる。後ろには、皿を持った健人もいた。


「お待たせ」


 佐子はカップに紅茶を注いで、四人の前に並べていった。上品な香りがテラスを包む。


 健人が、テーブルの真ん中に皿とウエットティッシュを置いて、ソラの向かいに座った。

 皿に載っているのはクッキーだ。ドライフルーツが入っていたり、チョコレートが混ざっていたり、いろいろな種類がある。


(ユイがいつも食べてるのより、ものがよさそう)


 佐子が健人の隣に座って、目の前のユイを見る。


「えっと、ユイ君だったかしら?」

「はい」


 ユイが、クッキーに手を伸ばしながらほほ笑む。ソラは、ユイの朗らかな声を聞いて、身ぶるいしそうだった。


「ユイ君、今日は私の本、持ってる? よかったら、サインするけど」

「本当ですか!」


 ユイはクッキーを口に入れると、ウエットティッシュで手をふいた。そして、さも嬉しそうな顔で、ショルダーバッグから『夜光スミレの調しらべ』を取り出した。


(これを予想して持ってきたのか?)


 ソラは、用意周到なユイに感心したものの、すぐに考えを改めた。


(いや待て、それはユイの本じゃない。継美つぐみからの借り物だ)


 佐子に本を渡そうとしたユイを、ソラはあわてて小突いた。だが、ユイはソラを見ようともしない。

 ソラの行動を不審に思ったのか、佐子がにらんできた。


「あの、何か?」

「いえ……べつに」


 あれだけほめちぎっておいて、実は自分で買っていませんと告げたら、佐子が機嫌を悪くするかもしれない。情報を得るため、せっかくユイが演技してまで機嫌を取ったのだ。余計な一言で、作戦が失敗になるのは避けたい。


(継美には、返すときに謝ろう)


 佐子はどこからともなくマジックを取り出して、本の扉にサインした。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ユイは笑顔で本を受け取った。ショルダーバッグにしまうと、ふたたびクッキーに手を伸ばす。


「佐子さんは、大学生ですか?」

「ええ、今年で三年よ」


 佐子は、この国で一、二を争う有名な私立大学の名前を出した。

 ユイが驚いたようにまばたきをする。


「佐子さんは、優秀なんですね」


 ほめるときでも、ユイはクッキーを手放さない。だが、佐子はユイの食い意地を気にしていないようだった。


「ええ、まあ」


 口もとをわずかにゆがめて、カップに口をつける。佐子は平然を装っているものの、内心は鼻高々なのがソラにまで伝わってきた。


 ユイが小首をかしげる。


「学業と執筆の両立は大変でしょう?」

「ええ。でも、好きでやってることだから」


 佐子が、カップを置いて話を続ける。


「正直、ヤコシラを書く前は、創作活動に行きづまってたの。アイディアも浮かばなくて、本当に苦しかった。ヤコシラを公募に出したときは、まさか賞をもらえるなんて思わなかった。書籍化されただけでも嬉しいのに、まさかここまでヒットするなんて。支えてくれた人たちに、感謝しなくちゃ。そういえば、ユイ君は知ってる? この前、有名な俳優さんがヤコシラの話をSNSで……」


 ソラはカップを片手に、佐子を見ていた。


(よくしゃべるな)


 あきれながら、紅茶を口にふくむ。まろやかで、渋みが少ない。佐子は、紅茶のれ方も上手いようだ。


 佐子の話を、ユイは相づちを打ちながら聞いている。クッキーを食べるのをやめないのはともかく、普段のユイならここまで他人に合わせることはしない。


(さすが、姉上効果だな)


 ソラは、健人の様子をうかがった。上機嫌な佐子とは反対に、健人は紅茶の入ったカップをぼんやりながめていた。佐子の話には興味がないようだ。いや、もしかすると、佐子の声を聞かないようにしているのかもしれない。


 話が盛り上がってきたところで、ユイが佐子にたずねた。


「ヤコシラの続編は出ないんですか?」

「えっ?」

「続きがありそうな終わり方をしていましたし、人気もあるから、期待しているファンは多いと思うんです。もちろん僕も」


 ユイの質問に、佐子は言いよどんだ。


(どうかしたのか?)


 ソラとユイの視線の先で、佐子が唇をゆっくり動かす。


「書いてはいるけど、詳しいことは言えないの。出版社との約束で。ごめんなさいね」


 そう言って苦笑いする。ユイもまた、申し訳なさそうにかぶりを振った。


「いいえ。そういえば、佐子さんには妹さんか弟さんがいらっしゃるんじゃないですか?」


 ユイがたずねた瞬間、佐子が表情を引きつらせた。その隣で、健人が突然立ち上がる。

 健人は、佐子に向かって口を開いた。だが、健人が何か言うより先に、佐子がユイにたずねた。


「どうして、私に妹か弟がいると思うの?」


 ぴりぴりする佐子と健人とは逆に、ユイはほほ笑みながらこたえた。


駒村こまむら君には、同い年の幼馴染がいて隣に住んでいると、学校で聞いたんです。それで、もしかしたら佐子さんのご弟妹きょうだいじゃないかって」


 健人の幼馴染が死んだことは、ソラもユイもすでに知っている。ユイは、佐子に鎌をかけたのだ。


 佐子は、ユイから目をそらして、うつむいた。


「妹は、いたわ。でも、その……二か月前に、事故で亡くなって……」


 佐子の声は裏返っていた。

 ユイは、気まずそうにまつげを伏せた。


「知らなかったとはいえ、すみません」


 重い空気の中、健人がふたたび腰を下ろす。そのからだが小刻みにふるえているのを、ソラは見逃さなかった。


(人気作家で妹を亡くした佐子と、幼馴染の話が出て態度がかわった健人)


 二人は何か隠している。そのくらい、勘の鈍いソラでもわかった。

 あとは佐子か健人、どちらか一人でも、寄生きせい霊魂れいこんとつながっているといいのだが。

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