3. 鳥族の国

3-1

 そこは薄暗い地下牢だった。秀はその隅にちんまりと座っていた。格子のはまった小さく粗末な一室だ。


 翠玉の庭で、兵士のような男たちに捕まった。そこで、意識がとぎれてしまった。気づいたらここにいたのだ。この、大変殺風景な牢獄に。


 窓がないしじめじめしているし、おそらく地下なのだろうと思った。藁の上に寝かされていた。意識を取り戻した秀は何が起こったのか、ぼんやりと反芻した。


 良と翠玉さんたちの家にいて、夜が来て、泊まっていくことになって――。辺りがおかしくなって、姉さんとはぐれて、そして――誰だかよくわからない人たちに捕まったんだ……。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。さっぱりわからない。蘭花が不安を訴えていた。ここはおかしな世界だと。


 いい人たちだと思ってたんだ。良も、翠玉さんも。でも違ったのかな……。姉さんのほうが正しかったのかもしれない。僕は騙されて、それでこんなところにいるのかもしれない……。


 良たちが僕を捕まえて牢に放り込んで、一体なんの得があるのかよくわからないけれど。


 いや、僕を捕まえたのは、良たちとは関係ない人たちなのかもしれない。彼らはこっそりと屋敷に入り込んで、僕と、その他の人々を捕まえた。ということは、姉さんも良も翠玉さんもみんな捕まってしまったのだろうか。そして、同じように牢獄にいるのだろうか。ひょっとしたら、この隣の部屋に?


 ぐるぐるといろんな思いが頭を駆け巡る。けれども、上手く考えがまとまることはなかった。僕はどうなってしまうのだろう……。殺されてしまうのかな。短い人生だった……。姉さんは、良は、翠玉さんは、今どこで何をしているのだろう……。 


 どれほど時間が経ったのかわからなかった。今が昼なのか夜なのかもわからなかった。お腹が減ることもない。ただ、じっと何かを(何を?)待っているだけだ。と、突然、足音が聞こえてきた。


 秀は見を固くした。現れたのはまたも兵士の格好をした男たちだった。自分を捕まえたやつらだろうか、それはよくわからない。男の一人が、扉を開けて中に入り込んできた。


「出ろ、出るんだ」




――――




 秀は男に引きずられるようにして牢の外に出た。抵抗する気力はちっとも残ってない。廊下を歩き、階段を上った。そして建物の内部から屋外へと出る。


 日の光が目にまぶしかった。時刻はよくわからないが、とりあえず昼間だ。兵士たちに取り囲まれ、秀はよろよろと歩いた。


 どこかの屋敷の庭であるようだ。大きな鳥かごのような形をした入れ物が置かれている。かごの上部には、何本もの頑丈そうな綱がつけられていた。そしてそこにも数人の男たちがいる。かごの扉が開けられ、秀は乱暴に中に入れられた。


「これから王宮に行くのだ」


 男の一人がそっけなく言った。王宮? どこの王宮だろう。ここは仙女たちの国ではないのだろうか。自分たちが住んでいる世界に戻ってきたのだろうか。たしかに建物も人々の服装も、元いた世界にあるものとよく似ている。言葉も通じる。けれども、どこか少し、違うような気もした。


 扉が閉まり、秀は狭い鳥かごの中に閉じ込められた。また捕われの身の上だ。ぼんやりとかごの中から外を見ていると、かごのそばにいた男たちが鳥の姿に変わった。秀は驚いた。人間が鳥に――ということは、ここは鳥族の国だ!


 良のような小さな鳥は一羽もいなかった。みな大きな鳥になった。白や灰色、茶色、様々な羽の色をした鳥がいる。鳥にならなかった男たちが、彼らの足に、かごについている綱を取り付けた。


 何をしているのだろう……。その様子を見ながら秀は考えた。そしてはっと気づいた。このかごを運ぼうとしているんだ! そうだ、王宮に行くって言ってた! 鳥たちがかごを王宮まで運んでいくんだ!


 全ての鳥に装着が終わった。秀ははらはらしてかごの柵を握った。そして想像していた通りのことが起こった。かごがふわりと浮かんだのだ!




――――




 空の旅はただただ恐ろしいものだった。秀はかごの中に座って、柵を強く握りしめた。目も固くつむった。


 決して周りの光景を見ないぞと思ったのだ。特に下は見ない。見たら恐ろしさのあまり、とてもじっとしてはいられなくなる。


 かごは空を進み、風がひゅうひゅうと秀のそばを吹き抜ける。。綱は……大丈夫なのかな、と秀は思った。途中で切れたりしないよね。もし切れたら――切れたら――……いや、そんなことは考えない!


 やがてかごがゆっくりと下降を始めた。どうやら降りられるようだ。秀は安堵した。空の旅はそんなに長いものではなかった……。いや、十分長かったよ! とりあえず、僕にとっては。もう十分堪能したよ!


 扉が開けられ、またも乱暴に、秀は引きずり出された。腰が抜けてしまったのか、上手く立てない。男たちが無理にでも秀を立たせた。秀はこのとき始めて周りの光景を見た。

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