3-2

 ここが王宮なのかな。なるほど、それっぽい感じがする。


 立派な建物がいくつも見える。秀が立っているのは、人々が集まるのにちょうどよさそうな広場で、真ん中に大きな道がある。道はきらめく瓦を乗せた、どっしりとした御殿に続いている。


「さあ、歩け」


 両脇を男たちに抱えられ、秀は歩いた。短い階段を上って、御殿の中に入る。日の光があふれていた屋外に比べると、内部はやや暗く、秀は一瞬とまどった。


「秀!」


 自分を呼ぶ声が聞こえた。秀はそちらを見た。見る前からわかっていた。あれは良の声だ。


 良が駆け寄ってきた。秀は男たちの手を払い、良に近づいて、二人は黙って抱き合った。




――――




 秀と良が再び出会い、秀が涙し、良もほっとして、様々な質問や説明が行き交ったあと、同じ場所には三人の人物が残された。良と翠玉、そして――鳥族の王だ。


 ここは王の謁見の間だった。王はまだ若かった。30歳前後の男性で、色はやや浅黒く、目はくっきりと大きく、彫りの深い顔立ちをしており、そして美しかった。印象的な両眼には自信と、若さゆえの挑戦的な光があった。


 王は玉座にあり、良と翠玉を見ていた。この王様がいい人なのか悪い人なのか、良にはよくわからなかった。


 占い師の言葉を信じて卵を手に入れようとした王ではないのだ。あの王は何年か前に死んでしまった。そして息子が後を継いだのだ。


 蘭花に秀を助けてほしいと頼まれたあと、良と翠玉、その姉妹たちは鳥族の国へと急いだ。そして王宮へ行った。王宮には若き王がいた。王が代替わりしたことを、良たちはすでに知っていた。


 良たちの訴えに対して、王は驚いた顔をした。


「それは私のしたことではない」


 王はきっぱりと言ったのだ。私は仙女の国に兵士など送っていない、と。それは信じられることではあった。王が代替わりして以来、良を狙うものたちが仙女の国に来たことはないのだ。


「では一体誰が……」


 良がつぶやくと、王は苦々しく言った。


「私には敵がいるのだ」


 王は語った。即位の際に揉め事があったこと。そのために、現在の体制に不満を持つものがいるということ。王は難しい顔のまま話を続けた。


「私の敵が、私の地位を脅かすために、青い小鳥を手に入れようとしたのかもしれない。心当たりはいくつかある。探ってみようか」


 調査に時間はさほどかからなかった。仙女たちが屋敷に侵入した者たちの特徴を覚えていたことも助けになった。また仙女たちは光に姿を変えて、疑惑の者たちの屋敷に入り込むこともできた。そこで秀を迅速に見つけることができたのだ。


 王は兵士を派遣し、見つけた秀を王宮まで連れてきて、そこで二人は、良と秀は再び出会うことができた。


 再会した秀は疲れて、多いに混乱しているようだった。無理もないことだった。良は自分の生い立ちから今回の事件までを説明した。秀はいっぺんにいろんなことを言われて、なかなか飲み込めない、という表情をしていた。


 ともかく、自分の家に帰って、休んだほうがいいのではないかと良は思った。そこで、仙女の一人に秀を帰すよう頼んだのだ。蘭花はすでに別の仙女によって元の世界に戻っている。


 謁見の間から秀がいなくなり、良も、自分たちも仙女の国に帰ったほうがいいかなと思った。とりあえず事件は解決したわけだし。しかし、それを口にする前に、王が良に言った。


「そなたと話がしたいのだ」

「俺と……ですか?」

「そう、二人で」


 王は自分の周りに控えていた家来たちを見回した。「彼らにも下がってもらおう。二人で、二人きりで話がしたい」


「わたくしは下がりませんよ」良のそばに立っていた翠玉がきっぱりと言った。「わたくしはあなたをそこまで信用しておりません。良に何をするかわからないのですから、ここを退くわけにはいきません」


 王は苦笑した。「仙女に逆らうなど、我々鳥族にはできぬことだ。それでは三人で話をしよう」


 家来たちはみな部屋を出て行った。部屋には――良と、翠玉と、そして鳥族の王だけが残された。


 少しの間、誰も何も言わなかった。良は沈黙が重たかった。良は、王の顔を盗み見るようにして見た。この人が良い人なのかどうかわからない。一体何を話したいのだろう。


「そなたには――ひどいことをした」


 王が、ゆっくりと口を開いた。真剣で、やや苦々しい面持ちだった。


「ひどいこと?」


 良が尋ねる。


「そう、ひどいことだ。予言に従い、そなたは流されてしまった」


 良は黙った。そうだ。王に刃向かうだのなんだので、俺は卵のまま川へと流されたのだった。良が黙ったままでいると、王は話を続けた。


「私の父があの予言を信じなければ。そうすればそなたは流されることなくこの国で、この鳥族の国で暮らしていただろう」


 たしかにそうだと、良は思った。王は遠くを見るようにして言った。


「私の父が、そなたの幸せを取り上げたのだ」


 そう……なのかな。良は考える。「幸せを取り上げた」なんて言われると、今現在、自分が幸せじゃないみたいだ。でも……自分は幸せだ。姉さんたちに囲まれて。仙女に拾われて、育ててもらったんだ。


「この国で、暮らしたいと思わないか」


 まっすぐに良を見て、王は言った。見つめられて、良は戸惑った。王の言った言葉にも戸惑った。

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