1-2
あれは冬のことで、青い鳥は寒さと飢えですっかり弱っていた。それを自分の部屋に連れて帰って、看病したんだっけ。しばらくすると鳥はすっかり元気になって、空へと羽ばたいていった。
「ああ、あのときの青い鳥!」
「そうだ! ようやく思い出したのか!」
少年はにっこり笑った。そして笑顔で少年は続けた。
「あのときの青い鳥がこの俺なんだよ!」
少年は得意そうだったが、秀は黙った。あのときの青い鳥――そうだね、さっき窓辺にやってきた青い鳥はたしかにそうだった。自分が拾った追い鳥にも橙色の羽があったし。でも――それが人間の姿になっているというのはどういうことなんだろう。
「君は――」混乱しながら秀は声を出した。「君は、鳥なの、人なの?」
「そのどちらでもあるさ!」少年はあっけらかんと答えた。「俺は鳥族なんだよ。鳥と人間、そのどちらの姿にもなれる。この世界ではない、別の世界があって、そこではそんな生き物たちがたくさん暮らしてるんだ」
――――
不思議な世界のことを、秀は本で読んだことはあった。奇妙な姿の生き物たちが住む、自分たちの世界とはかけ離れた世界。船で遠くまで出かけ、うっかりそういった奇妙な世界に入り込み、苦労をするはめになる話もいくつか読んだことがある。けれどもそこの住人が、こちらに押しかけて来るとは思わなかった。
「ずいぶん……遠くから来たんだね」
秀は何を言っていいかわからず、それだけ口にすると黙った。少年は何も気にしていないようで、意気揚々と答えた。
「ああ、遠いといえば遠いのかな? でも力を使えばすぐだよ。といってもこちらの人間たちにはない力だぞ。ごく一部の鳥族にそなわっているもので、一種のそう、妖術といえばいいのか、でも悪い力ではないんだ。鳥族はそんなに多くのことができるわけではないけど、このような不思議な力もあるわけで、それは鳥という生き物が、移動に長けてるからなのかなあ」
「ふーん……」
あれこれ話してもらったが、よくわからなかった。ともかく。この少年は人間ではないのだ。妖術の世界の生き物なのだ。それで昔、僕が彼を救ったことがあって、その恩を返したいと言ってるのだ。
そうだ、恩返しだ!
秀はとりあえず、恩返しの話をしようと思った。少年に勢い込んで尋ねる。
「ね、恩返しに来た、って言ってたよね!」
「そうだ。それが本来の目的で、一番重要なことだ」
「何をしてくれるの?」
「望むことなら、なんでも」
「ほんとに!?」
「ああそうだ」
にわかには信じれられなかった。秀は嬉しくなったが、次の瞬間、いや、気を引き締めなければならない、と思った。甘い言葉に釣られて、ひどい目に合った人たちがたくさんいることを、秀は知っているのだ。
「どうやって……僕の望みを考えてくれるの?」
「しっぽを見てごらん」そう言って、少年は頭を後方へめぐらせた。「……ああ、違う。今は人間の姿だった。しっぽはないんだった。でも鳥だったときの姿を見たろ? しっぽに橙色の羽があったのを覚えているだろう?」
「うん」
「今はこの帯になってるのかな?」少年は自信なさそうに自分の帯を叩いた。「まあともかく、あれは特別な羽なんだ」
「そうなの?」
「あの羽を抜いて、それに願いをかける。そうすると、なんでも叶えてくれるらしい。でも一度きりな。羽はそれで消滅してしまうから」
「すごいね! でも、だったら、自分がその羽を使えばいいのに」
「俺もそう思う。でも、願いが叶うのはたった一度きりなんだよ。何を願えばいいのか、わからない。どれにしたって、もったいないような気がして……」
「うん、そうだね……」
秀も考えた。なんでも叶えてくれる。でもたった一度だけ。二度目はない。結局、人生の最期まで使うことがなさそうな能力だ。
「僕も何も考えつかないよ……」迷いながら秀は言った。「ものすごく困ったときにとっておきたいね、その羽は」
「今、困っていることは?」
「特にない」
食べる物も着る物も寝るところもある。むしろ家が裕福なので、存分にある、と言ってもいいくらいだ。家族との仲は良いし、勉強で困っていることもないし、使用人たちは親切だし、ときには一緒に遊ぶ友人もいるし、ひょっとすると自分はかなり幸せなのだろうか。
「そうなんだ……まあ、それはよいことだけど」
少年はいくぶん、がっかりしたようだった。秀はそれをなぐさめるように言った。
「でもこれから何があるからわからないからね。そのときは君の力を借りることにするよ」
「そうだな。思い出したら呼んでほしい」
「……もう帰るの?」
秀は尋ねた。とりあえず、用件は終わってしまったからだ。けれども少年と別れるのは少し残念な気がした。
「うーん……」少年はそう言って、辺りを見回した。「もうちょっとここにいたい気がする……。久しぶりにこの世界に来たし」
「そうだ! 一緒に町に出てみない!?」
異世界からの来訪者なのだ。こちらの世界を楽しんでもらうのも悪くないのでは、と秀は思った。その言葉を聞いて、少年も笑顔になった。
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