1-3

「いいな! 前に来たときは寒くてひもじくてよくわからないままに帰ってしまったけど、今度は楽しくあちこちを見て回りたいな」


 秀も笑顔になり、そしてあることに気づいて、少年に尋ねた。


「君の名前はなんていうの?」

りょうだよ」




――――




 秀と良、二人の少年はさっそく一緒に町へと出かけた。それは大きくて賑やかな港町だった。


 繁華街には商店が軒を連ね、道を多くの人々が歩いていく。馬に乗った人もいれば、荷を運ぶロバや輿なども通り過ぎる。商店もいろいろあった。日用品が売られている店、書籍の店、文具の店、織物の店、きらびやかな装飾品の店。茶屋や食べ物屋、酒場もあった。


 港町には様々な人々が集まって来る。遠い外国から船でやってきた人たち。肌の色、髪の色、目の色の違う人たち。変わった服装に見慣れぬ飾りを身につけている。そういった人々が雑踏の中を歩いている。


 耳を澄ませば異国の言葉も聞こえてくる。秀はそんな港町を愉快なところだと思っていた。良もまた、楽しそうにもの珍しそうに、町を歩いていた。


 屋台で甘い揚げ菓子を買って、二人で店の前の長椅子に座って食べた。日は明るく、騒がしく、空は青く晴れやかで、秀の心も晴れやかだった。


 そのあと、二人で町の小高い丘に上った。ここから港の風景が見渡せるのだ。


「わあ、すごいなあ」


 良が歓声をあげた。港に多くの船が停泊している。今は帆を下ろしているが、大きな帆を二つ三つと張って、船は海へと漕ぎ出していくのだ。秀はなんだか得意な気持ちになった。良に説明をする。


「今は初夏だからね、ちょうど外国に行っていた船が帰ってくる時期なんだよ。僕の父さんの船もそのうち帰ってくると思う。こちらからは絹や陶磁器などを持って行って、そして外国からは香辛料や金や宝石、珍しい材木などを持って帰るんだよ」


 青い空に、一羽、白い海鳥が飛んでいた。秀はそれを見ながら言った。


「……いいなあ鳥は……。どこにでも行けて」

「そうかな? 住める場所はその鳥ごとに限られているぞ。暑いところの鳥は寒いところに住むのは無理だし、その逆もあるし」


「それはそうだけど」秀は言った。そしてまた、船の群れに視線を向けた。「僕は外国に行ってみたいなあと思うんだよ」


「ああ、だったら!」名案を思いついたとばかりに、良が顔を輝かせた。「恩返しの願い事をそれにするといい! 外国に行かせてください、って」


「ちょっと待って!」秀は慌てて良を押し止めた。「待って! 願い事はもっとよく考えなくちゃ! たった一度きりなんだよ!」


 どうせなら、生死を分ける一大事とか、そういうときに使いたいと秀は思うのだった。


「まあそうだな」


 良はあっさりと納得した。


 しばらく二人は黙った。木々の葉が明るい緑でつやつやと美しく、足元の名の知れぬ草たちも元気だった。やがて、秀が口を開いた。


「君の住んでるところはどんなところなの?」

「俺の?」

「そう、鳥族の国だよ」

「鳥族の――」


 そう言って、良はなぜか黙った。何かを、ためらっているようだった。「鳥族の――」また小さく、良は言い、そしてやはりそこで黙ってしまった。


「ここと似てる?」


 良の様子が少し気になりながら、秀は尋ねた。良が少しほっとしたように答えた。


「ああ、似てるな」

「そういえば僕らの服も似てるしね」

「そうだな、不思議なことに」


 鳥族たちの暮らす国に行ってみたいなあと秀は思った。けれどもそれは口に出さなかった。また羽への願い事にされては困るし、それに良の態度にも何か引っかかるところがあったからだ。


 願い事は――一生決めることができぬままに終わってしまうかもなあと秀は思った。けれども、異世界から来たという、鳥の姿にも人間の姿にもなれる不思議な少年に出会えてよかったなあと秀は思ったのだった。




――――




 町を散策後、良は帰っていった。が、帰り際にまた来てもいいかと尋ねたので、秀はもちろん、と答えた。


 それからしばしば良が遊びに来るようになった。二人は町に出かけ、野山を駆け、ときにはそこに秀の友人たちも混じった。友人たちには、良は旅芸人の一座の息子なのだと説明しておいた。


 ときには秀の家で、一緒に本を見たり室内の遊びに興じることもあった。良は囲碁を知っており、そこそこ打てたがあまり強くなかった。


 ある日、秀が良に言った。


「君に合わせたい人がいるんだけど――」

「誰だい」

「僕の姉さんだよ」


「姉さん……」良ははっと何かに思い当たった顔をした。「そうだ! おまえには姉さんがいたな! ここで看病をしてもらったときに見たことがある」


「そうなんだよ。見たことがあるという以上に、姉さんも僕と同じように君の世話をしていたじゃないか。餌をあげたり、寝床を綺麗にしたり」

「そうだった。でもとても物静かな人だったので、記憶が薄れてた」

「あのね、僕は思うんだ。君を助けたのは僕だけじゃなくて姉さんもだから……姉さんにも、恩返しをしてもらう権利があるんじゃないか、ってね」


「ふむ」秀はにやにやと笑った。「ずいぶんと姉思いなことだなあ」


「そうでもないよ。ただなんとなく君のことを黙っておくのは居心地悪くてね……」

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