1-4

 たぶん、自分は誰かに秘密を打ち明けたいのだ、と秀は思った。良の正体について、まだ誰にも話していない。絶対に隠さなければならないものではないかもしれないが、あまりおおっぴらにすると良が見世物になってしまうだろう。その点、姉なら大丈夫そうだ。良の言う通り物静かな人で、あちこちに話を広げそうにはない。


「いいよ、俺もおまえの姉さんに会いたいよ。その人にも世話になってるんだし」

「じゃあ、連れて来るね!」


 二人は秀の自室にいたのだった。話が決まると、秀はたちまち部屋を出て、姉の部屋へと行った。


 姉は名前を蘭花らんかといい、秀より二つ年上だった。弟に似て、見た目は平凡であったが、優しそうなつぶらな瞳をしていた。秀は室内にいた蘭花に言った。


「昔、僕らが青い鳥を拾ったのを覚えてる?」

「ええ、覚えてるわ」


 蘭花はちゃんと覚えていた。秀は蘭花をうながして部屋の外に出る。


「その鳥がさ、人間の姿になって僕の部屋にいるんだよ」

「何を言ってるの?」


 蘭花が戸惑っている。秀は歩きながら話した。


「青い鳥は普通の鳥じゃなかったんだよ。異世界から来たんだって。そこには人間の姿にも鳥の姿にもなれる鳥族がいて、僕らが拾った青い鳥もその仲間だったんだ。で、助けてくれた僕らに恩返しがしたいんだって」

「何が何やら……」

「見ればわかるよ」


 自分の部屋の戸口まで来て、姉とともに中に入る。出てきたときと同じように、そこには良がいた。蘭花は、ためらうように言った。


「新しいお友達……?」

「青い鳥だよ。良っていう名前なんだって」


 良が、二人に近づいてくる。笑顔だったが、蘭花は少し、後ずさった。


秀は良に言った。


「僕の姉さんだよ、ってもう知ってるよね。蘭花という名前で僕より3つ年上」

「よろしく。俺は良だよ。ほんとは鳥なんだ。以前この家で世話になって、そのときは本当に助かった」


 良は笑顔だったが、蘭花は固い表情のまま「あの……」と言うと、秀の後ろにわずかに身を隠した。


「ごめんね、姉さんはすごく人見知りなんだ」


 秀が言う。良はさほど気にしていないようだ。


「そういうこともあるさ」

「特に男性が苦手で……」

「いえ、嫌いというわけではないのよ」


 小さな声で、秀の後ろから蘭花が言った。「だから、けしてあなたのことを嫌っているわけではないの……」


「わかってるよ」


 良は鷹揚な態度で笑った。蘭花もそれを見てぎこちなく笑顔になった。


「もう話には聞いていると思うが、俺は恩返しに来たんだ」


 良が言い、秀はうなずいた。


「そうそう」

「俺には特別な羽があって、その羽がなんでも願いを叶えてくれる。ただし一度だけ」


「それは聞いてないわ」好奇心にかられた顔で、蘭花が言った。「特別な羽ってなあに?」


「俺が鳥になったときにわかるよ。俺は青い鳥なんだが、尾羽に橙色の羽がある。これがなんでも望みを叶えてくれるらしい。こんなのを持ってる鳥なんて、鳥族の中にもそうそういないんだ。ただ、昔から言い伝えだけがある。特別な尾羽を持つ鳥がごく稀に生まれ、その羽が一度だけ、なんでも望みを叶えるだろう、と」

「へー、そうなんだ」


 初めて聞く話なので、秀も興味をそそられた。「君だけなの、そういう羽持ってるの」


「ま、俺の周りでは、俺の知る範囲では、俺だけだな」

「……その言い伝え……ほんとなの?」


 秀はふと沸き上がった疑問を口にした。良はこの尾羽を持つものを自分以外に知らないという。願いが叶えられたところも、実際には知らないのではないだろうか。


「失礼だな、ほんとだよ」


 良がむっとしたように言った。秀はさらに尋ねる。


「願いが実際に叶えられてるとこ、見たことある?」

「見たことはない。でも言い伝えは真実なんだ。みんなそう言うし、俺も信じてるね」

「……願いが……ただ一度だけ……」


 秀と良のやり取りを聞いていないのか、蘭花が、ぽつりと呟いた。


 良は蘭花のほうを見た。


「俺は、この羽の不思議な力を恩返しに使おうと思ったんだ。俺の命を救ってくれた二人、秀とそれから蘭花さん。蘭花さんも何か望みがあるだろう。一度しか使えないけど、秀ではなくて蘭花さんの望みを優先してもいい。こいつは俺の言葉を信じないみたいだから」

「悪かったね」


 怒りっぽい良にややうんざりしつつ秀は言った。蘭花は斜め上方に視線をさまよわせた。何かを、一生懸命に考えているようだ。


「たった一つの願い……」小さな声で、蘭花は言った。「……何も思い浮かばないわ!」続けて出た言葉は、最初のよりも大きく、はっきりしていた。


「わかるよ。僕もだよ」


 姉の言葉に、秀も同意した。


「ねえ秀」視線を秀に下ろし、蘭花は言った。「これはよくよく考えるべきよね。だって、たった一度きりなのよ!」


「うん、そうだね」

「私と――あなたと、双方が満足する願いにしましょう。二人にとってともに幸せが訪れる事柄に使うの。つまり家族が幸せになるような――家族! そうよ、お父さまとお母さまのために使うべきでは!?」

「うーん、まあ、そうなる……のかな」

「親孝行な良い娘だなあ」


 秀は戸惑ったが、良はそう言ってくすくす笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る