1-5
「それにしてもずいぶん素直に信じてくれたなあ」
良が笑いをやや残したまま言った。蘭花が目を丸くする。
「あら、全部嘘だったの?」
「そんなことはない。うたぐり深い弟と違って、姉さんはいい人だなあと思ったんだよ」
「まだ根に持ってるの」
秀の不平を無視して、良は蘭花に言った。
「俺が鳥族だっていう証拠を見せてやろう」
秀の体が揺れるようにぶれ、輪郭がぼやけていく。そしてそれはみるみるうちに小さくなった。ただ青い色はそのままだ。小さくなりやがて……床の上には一羽の青い小鳥が立っていた。
鳥は飛び立って、蘭花の肩に止まった。
「俺が良だよ」
「――……秀! 秀、これはどういうことなの!?」
蘭花は秀の肩をきつく掴んだ。秀は痛さに顔をしかめながら言った。
「だから、言ったよね、良は鳥族で、人間の姿にも鳥の姿にもなれるって――」
良のくすくす笑いが聞こえてくる。鳥は笑顔になれないのに不思議なものだと秀は思った。
――――
内気な蘭花がたちまち良と親しくなるということはなかったけれど、蘭花は蘭花なりに良に心を許したようだった。良が秀の元へやってきたときに、そこに蘭花が加わることもあった。
良が人間の姿だと距離を取ってしまうが、鳥の姿だとまるで態度が違った。蘭花は愛らしい青い小鳥にすっかり夢中になり、お菓子をやったり指に止まらせたりしてかわいがった。
そのため、良がこっそり秀に愚痴をこぼすこともあった。
「お前の姉さんはよい人だとは思うんだが、ときにどうも、自分が軽んじられているような気分になるんだ……」
「ごめんね、姉さんは君を軽んじているわけでなくて……」
「うん、わかっているさ」
良もまた、多少もやもやしつつも、蘭花に悪い印象を抱いていなかった。
ある日のことだった。その日も気持ちよく晴れた初夏の日だった。昼下がり、良が秀の部屋に遊びにやってきた。が、すぐに異変が起こったのだった。
鳥の姿で部屋に飛び込み、人間の姿になった、その直後のことだった。
秀は良のすぐ斜め上に、ぼんやりと何か薄緑色の丸い光が浮かんでいることに気づいた。それは親指の先ほどの大きさで、最初は目の錯覚かと思った。けれどもまばたきをしても光は消えることがなく、しかも、じわりじわりと大きくなっていったのだ。
「……ねえ、あれ……」
「なんだ?」
秀が言い、良がその視線の先を見た。そして、驚き、大きな声を出した。
「ああ! 姉さん!」
姉さん? と秀が不思議に思う。と、みるみる光が大きくなり、それは一抱えもありそうな球体になり、そこからうねうねと形を変えた。
気づけば、光が消えていた。謎の薄緑色の、発光する球体はどこにもない。そして良のそばに一人の若い女性が立っていた。
大変美しい女性だった。歳の頃は20歳前後だろうか。さきほどの光と同じ薄い緑色を基調とした服を着ている。なめらかで光沢があり軽そうな布でできており、また薄い緑色だけではなく、濃い緑から白まで様々な布が絶妙な濃淡を織り成している。
黒髪は柔らかに肩に背中に垂れ、頭には花のかんざしを飾り、それには軽やかな玉が連なっていた。目はぱっちりと黒く艶やかで、頬はほんのりと桃色、唇は健康的な朱色で、ふっくらと触れたくなるようなよい形をしていた。
秀は少しの間、心を奪われてうっとり見つめていた。が、すぐに我に返った。部屋に入ってくる足音と声がしたからだ。それは蘭花のものだった。
「良が来てるの? 庭で青い小鳥を見たのよ。……あの……どちらさまでしょう……?」
蘭花は部屋の中にいる美女に、もちろんすぐに気づいて、消え入りそうな声で尋ねた。美女は蘭花を見て、にっこりと笑った。大輪の花がほころぶような笑みだった。
「わたくしは、良の姉です」
――――
「……姉?」
「
そう名乗った美女は、秀たちのほうへと近づいた。何やら不思議な、とても良い匂いが漂ってきたように、秀は感じた。その上、何か神々しい光さえまとっているような……。それは錯覚か。
「姉さん」
良が顔をしかめて言った。「なんでここにいるんだよ」
「あなたの後をつけたのですよ」堂々と、悪びれるところもなく翠玉は言った。「最近あなたはやたらと出かけていたので……。気になるのも当然でしょう?」
「お姉さん……なの?」
ようやく声が出せるようになった秀が尋ねた。二人をじっと見比べる。そういえば……似ているかもしれない。良も綺麗な顔立ちをしているし。そこで、秀はさらに言った。
「少し似てるね」
「血のつながりはないんだ」
さらりと良は言った。秀は気まずくなってしまった。他人の家の事情にずかずかと入りこんでしまったかもしれない。
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