1-6

 けれども、良も翠玉も何も気にしていないようだった。翠玉が微笑む。


「わたくしは鳥族ではありません。わたくしは……なんといったらいいのでしょうか……仙女?」

「仙女……」


 秀は翠玉を見つめたままつぶやいた。そうか、仙女か。なるほど納得だ。だって、この世のものとも思えないほどの美しさなんだもの!


「あなたがたの世界でいうところの仙女と同じものかどうかはわかりませんけど、とりあえず鳥族からは「仙女」と呼ばれておりますの」

「俺は卵のときに川に流されて、そこを姉さんたちに拾ってもらったんだよ」

「卵?」


 秀は面食らって尋ねた。


「鳥族は卵から生まれるんだよ。鳥の姿でね。それを思うと、俺たちの本来の姿は鳥ということになるのかな。でも普段は人間の姿で生活してる。そちらのほうが都合がよいこともあるし。手が使えるし。空は飛べないけど」


「わたくしたちは普段、山の中に住んでいるのです」翠玉が言った。「でもときに、山を下りてくることもありますわ。私たち姉妹が山を下り、川べりを散歩していると、そこに卵が流れてきたんですの。わたくしたちはそれを拾ったのですわ」


 翠玉が笑顔になる。そして楽しそうに続けた。


「わたくしたちはそれを持ち帰り、育てました。温めて、ちゃんと転卵もしたんですよ!」得意そうだ。「そして日が経ち、やがて卵が孵る日が来たのです。鳥族って、最初に見たものを親と思うというでしょう? わたくしたち姉妹は誰もが親になりたがったのです! そこで親の候補をまず数人にしぼって、選ばれたものたちを卵の回りに集めたのですわ……」


 そこでいったん、翠玉は言葉をきった。少し遠くを見つめ、その日のことを思い出しているかのようだった。


「わたくしもその一人に選ばれたんですの。わたくしたちはぐるりと卵を取り囲み、やがて卵が割れ、中から雛が顔を出したんですの。そして雛はわたくしに目を止めて……。わたくしが雛の親となったのですわ!」


 翠玉の顔には喜びがあふれている。秀は思わず言った。


「よかったですね……」

「ええ」


 翠玉は満足そうにうなずいた。秀は良をこっそりと見た。良は気まずそうにあさってのほうを見ていた。


「それにしても、ここは一体どこですの?」


 ずいぶん、いまさらながらの質問を、翠玉は口にした。「ええ、もちろん、人間の世界だということはわかってますわ。でも良はなぜ、こんなところに?」


「それはさ、俺が人間の世界で行き倒れたことがあったろ?」


  翠玉の顔がたちまち険しくなった。


「あの時、あなたが帰ってこなくて、私たちがどれほど心配したことか!」

「うんまあ、それはともかくね。で、行き倒れた俺を救ってくれたのがこの二人で……」


 良は説明した。秀たち姉弟に命を救われたこと。そしてその二人に恩返しをしたく思っていること。翠玉はそれを黙って聞いた。


「なるほどわかったわ。でも私に、一言くらい言って出かけてもいいでしょう?」


 少しなじるように、翠玉は言った。秀は考えた。このお姉さんは……いい人そうではあるけれど、やや重たそうな人だ。弟がかわいくてべったりなところがあって、それを若干、良もうっとうしく思っているのではないだろうか。


「うん……悪かった……」


 良がしぶしぶと言ったふうに謝罪の言葉を口にすると、今までずっと黙っていた蘭花が、突然つぶやいた。


「……仙女の世界……」


 蘭花は、秀を見た。「仙女たちの住む世界ということは仙界よね?」


「うん、まあそうじゃないかな」


「仙界……」蘭花は夢見るように言った。「それはどんな世界かしら……」


「気になりますの?」


 翠玉が微笑みを含んで尋ねる。いきなり翠玉に声をかけられて、蘭花はうろたえた。


「ええ、まあ……。本で読んだことがあって……」


「どんなところか僕も気になるな」秀も言った。「少しのぞいてみたい――」


 秀の頭の中に羽のことが思い浮かんだ。羽にお願いすれば仙界に行けるかな。でもたった一度の願いをこれに使うのはどうかと思う……。


「じゃあ俺と一緒に来いよ!」


 明るく、良が言った。秀は驚いた。


「いいの!? 今、一瞬、恩返しはこれにしようかなと考えて、でももったいないなってなったんだよ」


 良は笑った。


「恩返しじゃなくて、ただ、遊びに来いよ。姉さん――いいだろ?」

「……そうね……」


 不思議な間があった。翠玉の顔から一瞬、表情が消え、目もどこを見ているのかわからなくなった。秀はドキリとした。けれども本当にそれは一瞬で、たちまち元の通りの、美しい翠玉が戻ってきた。


 美しい翠玉は、微笑んで、弟とその友人たちに言った。


「いいわよ」

「やったあ!」


 良が喜ぶ。秀も嬉しくなった。仙女たちの世界! 一体、どんなところなんだろう。そしてそこは、良が生まれ育った世界でもあるのだ。


 蘭花は目を丸くして、おどおどと尋ねた。


「私も行っても――いいのかしら」

「もちろんだよ!」


 良が明るくうけおった。


 翠玉がその光景を楽しそうに見て、そして三人に尋ねた。


「出発はいつがいいかしら」

「今すぐ!」


 良がたちまち答えた。そしてそれに、秀も異論はなかった。

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