2-4

 広い食卓に様々な料理が並べられる。肉に魚に野菜、焼き物蒸し物炒め物。自分たちが知っている食べ物とひどく掛け離れた見た目の物はなかったけれど、どれも少しずつ違うような気がした。どこが、とは上手く言えなかったが。そしてどれも素晴らしく美味しかった。


 食後には果物も出た。庭で見たぶどうのような物も出てきた。一口口にしてみたところ、それはぶどうのようにも思えたし、そうでないようにも思えた。果肉はやわらかく汁気はたっぷりで、そして甘くもあり酸っぱくもありそれ以外の何か他の味、辛味や塩気も隠れているような感じがあって、そしてとても美味しかった。


「音楽はお好きですか?」


 仙女の一人が尋ねた。秀がはいと答えると、彼女は笑って言った。「お嫌でなければ、わたくしたちの演奏をお聴かせしましょう」


 そこから仙女たちが立ち上がり、部屋を出て、楽器を手にして戻ってきた。翠玉はそのまま椅子に座っており、秀と蘭花に言った。


「わたくしたちの姉妹には音楽好きがいるのですよ。でも普段あまり聴かせる相手がいなくて……。久々のお客さまに喜んでいるのですよ」


 姉妹たちは演奏を始めた。琴に笛に琵琶に鈴。楽器たちは可憐で夢のような音色を出した。柔らかでなおかつ心を愉快にさせる音楽が部屋中に広がり、秀はうっとりとしてそれを聴いた。


「わたくしは踊るのが好き」


 そう言って、翠玉が席を立った。薄い衣をひらひらと揺らめかせ、翠玉は舞った。光沢のある薄緑の衣はたいそう軽く何やら綺麗な虫の羽のようで、また踊る翠玉も大変軽やかだった。重力から開放されたように、翠玉は跳ね、くるりと回った。


 まるでこの世の人じゃないみたい……。みとれつつ、秀は思った。……実際にこの世の人じゃないよ! だって仙女なんだもの!


「あなたも一緒にいかが?」


 翠玉は秀に手を差し伸べた。秀は夢うつつな気持ちでその手を取り、そしてぎこちなく踊り始めた。




――――




 秀が寝台にひっくり返って今日あった様々なことを思い出していると、ふいに扉をたたく音がした。返事をすると、蘭花が入ってきた。


 妙に深刻な顔をしていた。どうしたのだろう、家が恋しくなったのかなと秀は思った。蘭花は自分の屋敷から出ることがあまりないので、見知らぬところではなかなか寝付かれないのかもしれない。


 そういえば、夕飯の席でもときおり心ここにあらずな表情をしてたっけ、と秀は思った。疲れたのかなとそのときは思っていた。ここに来るまで、そしてここに来てから、姉さんはいつになくはしゃいでいたから。


 秀が近寄ると、蘭花は固い表情のまま口を開いた。


「ねえ……なんだかおかしくない?」

「なんの話? 急に」

「この世界のことよ。ここは……おかしな世界だわ」


 そう言って、蘭花は口を閉ざした。なんのことやらわからず、秀も黙っていた。蘭花はいったん視線を床に落としたあと、きっとした眼差しで弟を見た。


「変なのよ。思わなかった? ここには翠玉さんに似た人しかいないの」

「ああ、翠玉さんの姉妹のことだね。たしかにみんなよく似てる。六つ子なのかな」

「それだけじゃないわよ! 碁を打った相手も同じような顔だったでしょ!」

「うん……まあそうだった……」


 秀は木の下で美女と碁を打ったことを思い出した。あの人も綺麗な人だった……。たしかに翠玉さんに似ていた。碁は僕が負けちゃった。残念だけど。


「そして私が道で見た人も同じ顔だったの……」蘭花の顔にみるみる不安が広がった。「ねえ……これは一体どういうことなの?」


「どういうことも何も……」

「ここには同じような顔の人しかいないの? みんな女性でみんな若くてみんな綺麗で、でもそれ以外の人間はいないの?」


「えっと……」秀は一生懸命言葉を探した。おかしい――たしかに蘭花が言うとおり何かがおかしいのかもしれない。でも――「……でもここは仙女の国なんだよ。だから――仙女しかいないんじゃないかな……」


「女性だけなの? どうやって人口が増えるの?」


 蘭花が目を丸くする。秀はますます考えた。


「それは――鳥族は卵から生まれるよね? 仙女は花から生まれるんだ。花が咲いてそれが仙女になる。たぶん、この世界のどこかにそういう花があるんだよ」

「仙女って、そういうものなの?」

「知らないよ」


 蘭花は黙り、秀も黙り、会話がとぎれてしまった。秀はさっき、翠玉たちの両親について考えていたことを思い出していた。姿を見せない、話にも出てこない両親――。本当に存在しているのだろうか。でも、不思議な力を持つ仙女のことだ、花から生まれるということも、ひょっとしたらあり得るのではないだろうか。


 彼女たちは人間ではないのだから。

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