2-7
「私――」
「気を失って、倒れていたんだよ。大丈夫そうでよかった」
そう言う良の横に翠玉もいた。蘭花は二人を交互に見て、かすれた声を出した。
「……秀はどこなの?」
弟の姿が見当たらない。蘭花の質問に、二人はさっと表情を変えた。
沈痛な面持ちだった。蘭花はとたんに強い不安に襲われた。
「秀はどこにいるの? どうなったの? 私、夜に怖い目にあって、秀と一緒にいたのだけど、それから秀は――」
「連れ去られてしまったのです」
冷静にそう言ったのは翠玉だった。蘭花は急いで上半身を起こした。
「連れ去られた、ってどういうことなの!?」
「昨夜、わたくしたちの屋敷に侵入者があったのです。彼らに捕まってしまい……」
「なぜ!?」
蘭花は悲鳴のような声をあげた。なぜ、秀が連れて行かれなければならないのだろう。翠玉はなだめるような目で蘭花を見た。
「人違いなのです。本当は、良を、弟を狙ったものでした」
「秀は無事なの?」
連れ去られて、それからどうなってしまったのだろう。どこにいるのだろう。彼らは、良と翠玉は、それを知っているのだろうか。
「たぶん、無事でしょう」翠玉は穏やかな声で言う。「これは人違いなのです。彼らにとって、あなたの弟さんは特に価値がないのです。今頃困っているでしょう」
「なぜ……」蘭花は震える声で訊いた。「なぜ、人違いなんか起こったの? どうして良は狙われてるの……?」
「それは――」
翠玉がためらうと、良が横から答えた。
「それは、俺が呪われた子どもだからだよ」
――――
「呪われた、子ども……」
蘭花は不安に揺れる気持ちで良を見た。良は険しい顔をしていた。蘭花は思った。ああ、私たちが助けたか弱くかわいい青い小鳥! でもここにいるのは、全く違う生き物――。
良は険しい顔のまま口を開いた。
「そうだよ。そういう予言があったんだ。だから俺の卵は川に流されたんだよ」
蘭花が黙っていると、良は話を続けた。
「もう少し具体的に言うとこういうことだよ。鳥族には王様がいて、その王様のお付きの占い師がこう予言したんだ。王位を脅かす子どもが生まれてくる、って。その子どもは青い小鳥で、願いを叶える橙色の羽を持ってる、って。
占い師はさらに言った。どこそこの村で、何月何日何時に、その卵が生まれるだろう、と。王様は村に兵士を派遣した。そうしたら本当にその時間に生まれた卵があって、俺の母親は恐ろしくなって、卵を川に流したんだ」
「そうして、それを拾ったのがわたくしたちなのです」
翠玉が静かに話を引き取った。「わたくしたちは卵を孵し、それを育てました。けれども鳥族はしつこいものですね。占い師たちが卵の行方を探しだしたのです。そしてそのうちたまたま一つが当たったのでしょう、私たちのすみかに王の兵士たちがやってくることになりました」
そこまで言うと、翠玉はつんと頭をあげた。
「けれども、しょせんは鳥族なのです。我々、仙女の敵ではないのです。我々は上手く彼らを追い払いました。けれども――」
「でも、秀は捕まってしまったわ!」
蘭花は言った。良を捕まえにきたのに、代わりに秀が捕まってしまった。翠玉さんは良の代わりに、秀を差し出したの? そんな、まさか――。
「仙女の結界は強力なものだよ」良が言った。「でも昨日はお客さんがあっただろう? だから綻びが出てしまったみたいで……」
「わたくしたちもはしゃいでいたのです」気まずそうに翠玉が言った。「だって、お客さまはとても久しぶりで……。そこに運悪く、王の兵士たちがやってくるとは思わなかったものですから」
「秀は……じゃあ、鳥族の王様にさらわれたの?」
蘭花がか細い声で言った。良が同意する。
「そうだろうね」
「……今もそこにいるのね」
「たぶんね」
「秀は……秀は助かるの……?」
「俺たちが助けるよ!」
力強い声で、良が言った。心持ち、体を蘭花のほうに近づけた。はげますように、良は続ける。
「俺たちが助ける! 俺たちがこれから王様のところに乗り込んでいくよ! 大丈夫、心配ない。だって、鳥族より仙女のほうがよっぽど強いんだから!」
「ええ、そうですわ」翠玉も自信にあふれて言った。「わたくしが一喝すれば、王はたちまちあなたの弟を解放するでしょう。そもそも、王にとってはその少年を手元に置いていてもなんの意味もないのですから」
でも――でも、人質に使えるわ、と蘭花は思った。どうしよう、この少年を返してほしければ良を差し出せと王様が言ったら。そうしたら、翠玉さんは……良のほうを選ぶわ、きっと。
でも、鳥族よりも仙女のほうがずっと強いのなら、そんな脅しに屈することはないのかもしれない。
「秀を……」蘭花がそう言ったとたん、涙が溢れた。混乱の中で堪えていたものが一気に出てきたようだった。「秀を助けて……そして、私を――私たちを家に帰して――……」
蘭花は泣きじゃくった。うつむいて、涙を拭いながら、蘭花は泣いた。良が動いて、自分のほうに手を差しのべる気配があった。けれども触れる前に、その手を引っ込めた。
「大丈夫」良の、真摯な声が聞こえた。「大丈夫、俺たちが絶対、秀を救い出すから」
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