3-4
秀……。良はさらに考えた。鳥族の国で、慌ただしく秀を帰らせたために、落ち着いて話ができなかった。変なことに巻き込まれて、怒ってなければいいけど……。良は心配だった。
仙女の国に連れてきたはよいが、あまり楽しいことにならなかった。途中までは楽しかった。全ての真実を明らかにするわけにはいかないのが、少し苦しかったけれど。秀はこちらのことをどう思っているのだろう。もう係わり合いになりたくないかな。
だって――人間である秀からすれば、いろんなことが理解不能だと思うから。仙女のことも、鳥族のことも。
「――何を考えているの?」
声がした。翠玉の声だ。物体に口はないが、話すことはできるのだ。良は、はっとした。
「あ、いや、別に……。今日は疲れたなあ、って」
「そうね。今日はいろんなことがあったわ」
翠玉の声も、疲れているように聞こえた。太陽がさらに沈み、辺りはさらに暗さを増した。
「……王のことはどう思っているの?」
ためらいがちな、翠玉の声がした。良は尋ねた。
「王? 鳥族の?」
「そうよ。……いい人かしら、あの人」
「さあ……」
話をしたのは今日が初めてなのでよくわからない。翠玉の苦しげな小さな声がした。
「――鳥族の国で……暮らしたい?」
迷った末に、ようやく吐き出したという感じの言葉だった。良はますます気が重くなった。そうだ、その問題もあった。王に、鳥族の国で暮らしてはどうかと言われたのだ。鳥族の国で、宮殿で暮らして――。
「わかんないよ」良はぶっきらぼうに言った。考えることが多過ぎて嫌になってしまう。「わかんない……。だって、俺はずっとここで暮らしてきて、鳥族の世界なんてほとんど知らないもの……」
「王は申し訳なく思っていると言っていた。それは本心かしら」
「どうだろうね」
「あなたは――あなたはどうしたいの?」
静かで優しい翠玉の声だった。良はうなだれた。
「俺は――」
答えなんて出てこない。少なくとも今は。再び翠玉の声がした。
「あなたが鳥族の国に行ってしまえば、私はひとりぼっちね――」
――――
ひとりぼっち、という言葉が重たく残った。ひとりぼっち……翠玉の声は小さく、日暮れの山の中にたちまち消えてしまった。けれども良の心には残ったのだ。
ひとりぼっち……。そうか、姉さんはたくさんいるけど、でもみな同じ一つのものでもあるのだ。
「……ここでは良がひとりぼっちだわ」
遠くから声がした。翠玉そっくりの声。別の姉の声だ。
俺がひとりぼっち? そうなのかな、たしかにここには鳥族はいないけれど。良は辺りを見回した。薄暗く、生き物の気配は何もない。ここにはなぜか生き物が寄り付かない――。
「鳥族の国に帰るべきよ」
また声がした。違う姉だ。「帰って、そこで仲間とともに暮らすの」
「でも……」
ためらう別の姉。「帰るの?」「帰ってしまうの?」「それがいい」「でもそうなってしまったら」「私は――」
あちこちからたくさんの姉の声が聞こえてくる。
「帰りなさい。それが一番いい選択よ」
姉の一人がはっきりと言う声がした。それに対してすぐに、震えるような声が足元から聞こえた。翠玉だ。
「駄目よ……」翠玉の声は細く、揺れている。「駄目。帰ってしまったら、あなたがいなくなったら、私たちは――私たちだけになってしまうのよ!」
声は徐々に大きくなり、最後は叫び声のようになった。ざわめいていた姉たちがしんと静かになった。
また、翠玉の声がした。
「以前はこんなことは思わなかった。私たちは私たちだけで長い年月生きてきた」
仙女は千年生きるという。それぞれの固体の寿命がそれくらいで、一個が死ねばまた新しい固体が同じ場所にできる。仙女が張り付いている木はもうどれくらいになるかわからないほど、ずっと変わらずここにあるのだという。木の寿命が尽きれば、仙女たちもみな死んでしまうのだろうか。
「私たちだけで――でもそれが寂しいとは思わなかったの。だって、それが普通だったから。たまにここに迷いこんでくる生き物がいて、それをからかうだけで楽しかった。私たちは――私たちだけで、幸せだったわ」
夢見るような翠玉の声だ。「でも――今は違う。良、あなたがいなくなれば、私たちは寂しいわ」
「卵を拾わなければよかったのよ……」
姉の一人が言った。翠玉の厳しい声が飛んだ。
「やめて」
「拾わなければ……寂しいなんて気持ち、知らずにすんだのに」
「でも拾わなければ、良はどうなっていたの」
「そうよ」翠玉に賛同する声がする。しかし反対する声もあがる。「別の誰かが拾ったわ」
「そんなにうまくいく?」「幸運の尾羽を持つ鳥の卵だもの、きっと誰かに拾われるわ」「そうは思わない」「私たちが拾わなかったら死んでたわよ」「でも」「でも拾わなければ」「いいえ」「やめて」「寂しいなんて思うことなんてなくて」「何を言ってるの」「やめて」「いいえ」
「やめて!」
翠玉が叫んだ。姉たちの声がぴたりと止んだ。「やめてちょうだい、私はただ……」翠玉の力のない声がして、そして途切れ、小さな泣き声に変わった。
翠玉が静かに泣いている。そしてそれが仙女たち全体に広がっていく。誰もがすすり泣いていた。仙女たちは一つのものであるので、感情を共有しやすいのだ。
良はいたたまれなかった。言うべき言葉が見つからず、ただ、そっと体を丸くしうずくまった。
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