3-3

「この国で……暮らすのですか?」


 王の言葉を、ただ繰り返してしまう。王はうなずいた。


「そうだ。こちらに帰ってくるがよい。そして鳥族の一人として生きるのだ」

「でも……どこに帰るのですか?」


 母は亡くなっている。父は母より前に亡くなっている。祖父母や親戚は生きているが、今さら自分を受け入れてくれるだろうか。


「この王宮はどうだろうか」


 王は微笑んで言った。


 王宮? 良はますます戸惑ってしまう。この立派な建物が並び、たくさんの家来たちがいる世界で自分は暮らすのか。王は良を優しく見つめて言った。


「王宮で暮らすがよい。そして鳥族のことを学ぶとよい。教師もつけよう。勉学にはげみ、試験に合格すれば、役人にもなれるぞ。そして、鳥族の伴侶を得て、家族を作り、ここで幸福な一生を送るのだ」

「何を言っているのですか!」


 鋭い声がとんだ。翠玉だ。不快感をあらわにして、翠玉は言った。


「裏があるに決まっています! きっとあなたは――良の力を自分のものにしたいのでしょう!?」

「そんなことは思っていない」

「いいえ。良を手なづけて、羽の力を自分のために使いたいのでしょう? それを、自分の敵に使われる前に、手に入れておきたいのでしょう!?」


 翠玉は怒っていたが、王は冷静だった。「私は――」と、少し目を細め、二人に語りかける。


「私は、申し訳なく思っているのだ。父がそなたにやったことに対して、罪悪感がある。それを少しでも――軽減したいのだ」

「口から出まかせを」


 翠玉が嘲るように言った。良は黙っている。良はおそるおそる王の顔を見た。王の表情には苦悩があった。この人は本当に――申し訳ないと思っているのだろうか。俺のためを思って、このようなことを言っているのだろうか。


 本当に? 姉さんと、どちらを信じればよいのだろう。




――――




 秀は無事に取り戻すことができたし、悪者も捕まったそうだし、事件は無事解決したといえるけれど、良は気持ちが重かった。重い気持ちのまま、良は翠玉と一緒に仙女の国に戻った。


 秀と蘭花はすでに自分たちの世界へ帰っている。仙女の国は――良と仙女たちだけだった。


 良と、仙女たち、だけ。


 それは秀たちがいたときとは、全く違う世界になっていた。それは山の中だった。


 深い山の中。そこに一本の大きな木がある。とても大きな木だ。大人が何人も輪になって、ようやく囲める太い幹を持っている。太いだけでなくて高さもある。木の下から上を見ても、そのてっぺんを視界に入れることはできない。つやつやとした緑の葉っぱが生い茂り、それは空を隠し、ただ首が痛くなるばかりだ。


 そして気づくだろう。この木が他の木々たちと違っているということに。大きさばかりではない。その幹と枝が、乳白色の何かにびっしりと覆われているのだ。


 それは触れればやわらかそうに見える。実際にやわらかい。弾力もある。生物のようには見えないけれど、どこか生命力を感じる。実際にそれは――「生きて」いるのだ。


 これこそ、仙女たちの正体だった。




――――




 鳥の姿をした良は、そっと、謎めいた乳白色の物体の上に止まった。それは木の枝の一つを覆うものだった。この謎の物体は、よく見れば微妙に色が違うことがわかる。ある箇所では青味を帯び、ある箇所では赤っぽく、そして良が止まったところは薄い緑色をしていた。


 これが、この薄い緑色の物体をしたものが、翠玉なのだ。


 辺りは静かだった。日は沈みつつあり、少しずつ暗さが、山を覆っていこうとしていた。生き物の気配はなかった。ここには生き物などいないのだ。良と、仙女たち以外は。


 良は疲れていた。いろんなことがあった一日だった。今日は早く眠ろうと思う。わずかに緑がかった乳白色のやわらかな物体の上、つまり、翠玉の上に足を下ろすと、翠玉がいたわるようにその足をつつんだ。姉さんはいつだって優しいなあと良は思った。


 仙女たちは人間ではない。人間の姿になることはできる。けれども普段は、その正体は、巨大な木にとりつく乳白色の謎の何かなのだ。良は物心ついたときから、仙女たちの正体を知っていたので、それについて驚くことはなかった。けれども、それを知らない人々は驚くだろう。


 物体に区切れはないが、それぞれの色の箇所が、一つの固体、一人の人間となる。けれどもそれは同時に全体でもあるのだ。不思議なことだ。仙女たちは自分たちがそれぞれ違う、別の固体であると思っているけれど、それと同時に同じ一つの生命体なのだとも思っている。良にもこの辺りの事情はよく飲み込めなかった。


 仙女たちは一人であり、全体でもあるので、彼女らは遠く離れていても意思疎通ができる。翠玉は秀の家で、彼らを自分たちの領域に連れてきてもよいものか、意思を飛ばして尋ねたのだ。良にはそれがわかった。そして、よいという返事が返ってきたのだろう。


 仙女たちはみなよく似ている。人間の姿になれば、彼女らはみな、美しい若い女性だ。それは彼女らが、一つの同じものでもあるからなのだ。


 もしも秀が姉さんたちの正体を知れば、と良は思った。きっと驚くだろう。そして不気味に思うかもしれない。だから言えなかった。言ったほうがよかったかな。

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