2-2
四人はいつしか外に出ていた。光がまぶしく、秀は何度かまばたきをした。そこに広がっていたのは、平穏な田舎の光景だ。
「わたくしたちの世界へようこそ」
翠玉が言った。
――――
青い田畑が広がる中を秀たちは歩いた。遠くにはなだらかな山も見える。静かだった。人の姿はない。農家とおぼしき家がぽつりぽつりと見える。
しばらくいくうちに、長い塀が見えてきた。どうやら塀の向こうにお屋敷があるらしい。
「ここがわたくしの家ですわ」
翠玉が言い、大きくて立派な門から入っていった。秀たちも後に続いた。
庭があり、複数の棟がある。翠玉が歩いていくのを、秀は夢中で追う。辺りをじっくり見ている暇はない。屋敷は何カ所かにくぎられているらしく、ところどころに塀があり小さな門がある。それらを通り抜け、翠玉は奥へと向かっていく。
一際立派な建物のそばについた。翠玉が言った。
「中に入りましょう。姉妹たちが待っていますわ」
短い階段を上り、一行は室内へと入った。きちんと片付けられ清潔な部屋がそこにはあった。派手すぎず、けれども高価そうな家具や調度がそこにはあった。花と蝶が描かれた華麗な衝立があり、そこに女性たちが並んでいる。翠玉が彼女たちを示しながら言った。
「これがわたくしの姉妹たちですの」
全部で五人いた。みなよく似ていた。姉妹とはいうが、あまり歳の差はないようだった。みな翠玉に顔立ちも背格好も似ており、ただ、着ているものの色合いだけが違った。あまりに似ているので、ひょっとしたら六つ子なのかしら、と秀は思った。
「ようこそ。良のお友達なんですってね」
一人が近づき、秀と蘭花に話しかけた。秀は挨拶しながら、不思議に思った。一体、いつ、この人たちは僕らのことを知ったのだろう。
けれどもさっきから不思議なことばかり続いているのだ。こんなことは別に大したことではないように思われた。
「お庭を案内しましょうか」
また別の一人が言い、みんなでそろって庭に出た。
そこには全く美しい庭が広がっていた。橋のかかる広い池、しだれる柳、不思議な形の岩。花はあちこちに咲いており、たくさんの種類があって、花にあまり詳しくない秀にはそれらの名前はわからなかった。
木々には実もなっており、見たことのない赤や紫や黄色の実が宝石のように輝いていた。一行は一通り庭を散策した。蘭花がすっかり夢中になって、姉妹たちとあれこれ話をしていた。
「あの実は食べられるのですよ」
姉妹の一人が大きなぶどうのような実を指しながら言った。「食事のときに出しましょうね」
どうやら食事も振る舞ってくれるらしい。秀はとたんに楽しみになった。
庭を散策後、屋敷の外にでた。屋敷のそばには小さな裏山があった。そこを少し上っていくと、大きな木があり、その下でこれまた若い美女たちが碁を打っていた。
「碁はできますか?」
姉妹の一人が尋ねた。蘭花は「私はあまり上手くないので……」と答えていたが、秀は「はい」と返事をしていた。
「では一局いかが?」
姉妹たちが秀を木の下に連れていく。秀は断る隙もなかった。碁を打っていた美女たちは話を聞くときゃっきゃと喜び、一人が、「私と手合わせしません?」と、秀に魅力的な笑みで誘いかけた。
秀はまったく参ってしまった。気がつけば碁盤の前に座らされ、一戦やることになったのだ。
――――
蘭花は秀と仙女の碁の一戦を見ていた。秀は周りを囲む美女たちに気後れしているように見える。良は少し離れた木の根本に座って、何やら考え事をしているようだった。碁はゆっくりと進んでいた。このうららかな世界にふさわしく。
蘭花はふと、近くにいる仙女に言った。
「あの、この辺を少し散歩してきてもいいでしょうか」
碁を見ているのに飽きてきたのだ。仙女は微笑んだ。
「どうぞご自由に」
蘭花は坂道を下りていった。すぐに里へ出る。翠玉たち姉妹が暮らす広大な屋敷。そのそばには青い田畑。
蘭花はどこに行くか目的もなく歩き出した。たいそう内気な性格なので、初めてのところはだいたい恐ろしい。けれどもここはそうではなかった。
全てが満ち足りて平和そうに見えた。青い空、わずかに浮かぶ白い雲、緑の植物、かわいらしい農家。ここに危険なんてものがあるのかしら、と蘭花は思った。でも……人の気配がしないわね。
みんなお昼寝でもしているのかしら。そうね、こんなに気持ちのよい日だもの。家でゆっくり手足を伸ばしているのかも……。ここはあくせく働く必要なんてないのよ。だって、仙女の国なんだもの。
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