■ 18 ■ それぞれの選択
「これで七十二体目ェ! 多分ッ!」
操縦桿を握りしめる掌に汗が滲む。グラナ操る実験機の周囲には味方の機影は無く、ただ
ボレアリウス国防軍が全滅したわけではない。単にマンジェットは敵部隊の後方に回り込んで攻撃を仕掛けているというだけだ。
IDSの都合上、周囲でオセラスが撃破されたり人が死ぬだけでグラナには多大な負荷がかかってしまう。然るにグラナの本領を発揮するためには、グラナは単独で戦う必要がある。その為の単機奇襲である。
額を滝のように汗が滴り落ちる。既に
ヘイズからは
――AaaaaaaaAAaaaaa……!
「くそ、さっきから動悸が……」
今更ながらに、グラナはこれが『乗った奴は死ぬ』機体であることを意識してしまう。IDSは今もグラナにオセラスを制する力を与えてくれるが、同時にグラナを死へと誘う呪いでもあるのだ。
死の欲動はさっきから延々とグラナの心臓を止めたがり、不整脈が頻発して機体の制御が狂いそうになる。ただ、まだキサラギから合図が来ていない以上は問題ない。問題なく動けているはずだ。
そう専用ソードロッドである大剣『焔星』を構え直すグラナの直前、いや、足元より殺気を感じてグラナは一気にスラスターを噴射し機体を前進。砂の中から現れた赤熱する大型格闘戦用クローを間一髪で回避する。
砂中から巨体を引き抜いた、巨竜のような姿のそれが頭部に掲げる目は五つ。
「
モニターの向こうで、実験機の十倍を超える巨体が咆哮する。
全身の鱗宜しきハッチが解放し、無数に放たれた光線が如何なる原理か空中で屈折。二十三十の光条となってグラナ目掛けて迫りくる。
スラスターと、流砂を蹴る僅かな反動までも利用して機体を右へ左へと揺らし、その光芒を回避する。
《
「切り捨てる」
《
赤熱する焔星を構えて、グラナは巨体と相対する。これを国防軍の方へ、街の方へ、ヘイズの方へは向かわせられない。
ここで、仕留めなければ。
§ § §
光学通信式
画面には、
「凄い……」
単機で四方をオセラスに囲まれながらの猛攻。まさに獅子奮迅の働きをみせる実験機を前に、しかしキサラギの胸に浮かぶのは暗い感情だ。
――それだけの力があるのなら、どうしてお父さんを護ってくれなかったの?
とぐろを巻いた蛇のように、そんな思考がキサラギの胸を締め付ける。
砂上空母リヴィングストンは沈んだ。死体一つ、形見一つ残らず流砂に呑まれ、ただその事実だけがキサラギの元へ帰ってきた。
だのにのうのうと一人だけ生き延びた
お父さんを、殺したくせに。
実験機の起動が僅かに乱れたのを確認する。撤退を促すべきかキサラギは逡巡し、
――そいつは全ての諸悪の根源じゃないが、それを形作る一人なのは事実なんだからな。こっちだって辛いの耐えてるのに、反撃しちゃダメなんてちゃんちゃらおかしいってもんさ。
ヘイズの言葉が、二匹目のヘビとなってキサラギの心を締め付ける。そう、ヘイズは明らかにそう言っていた。キサラギに向けて言っていた。
『お前には、復讐をする権利がある』と。だから、これは正しいことだ。撤退なんてまだ早い。撤退なんてしなくていい。
父を見殺しにしたあいつはだから、この流砂に呑まれて沈んでしまえばいい。
そう、キサラギが薄く微笑んだ先で――実験機の動きが突如として止まる。
「あ……」
限界が来たのだ。IDSによる死の欲動と【
だからこのままキサラギが何もしなければ、父を見捨てた男はこのまま流砂に呑まれて死ぬ。これでいい、これでいいんだ。
――本当に?
あたりまえじゃない。なぜ、そうしちゃいけないの?
――だって彼は最後まで逃げずに戦ったよ? 彼がお父さんを置いて逃げたと思う?
そうキサラギの理性が、小賢しくもキサラギの感情へ問うてくる。
――お父さんを守る為に最後まで必死に戦ったかもしれない人を、わざと見殺しにして殺すんだ。
うるさい、うるさい。そうしてしまって何が悪い! そうしなければこの感情をどうすればいい! どう処理すればいいのか教えて、教えてよ!
――そんなの、馬鹿じゃないんだから画面を見てれば分かるでしょ?
動きを止めた実験機が
だが、無数の
「あ、ああ……」
殺すのだ。キサラギがグラナを殺すのだ。あの
父の敵をバラバラに引きちぎって流砂に捨ててやりたいと願うキサラギの怒りだ。それをこうして俯瞰して観察すれば、
――最低だね、
自分の手すら下さずに、復讐を遂げようだなんて――
「お兄ちゃん機! 応答して下さい! 撤収を、急いで!」
今更問いかけたところで反応はない。動きを止める前に回収しなければならなかったのに、キサラギが迷っていたせいで実験機はもう、動けない。
であれば、
「クロ! マンジェットをお兄ちゃん機の方に――」
叫んだところで、船体に凄まじい衝撃が走った。何事かとモニターを見やれば、
シートベルトをしていたキサラギとモモ、ミドリは無事だが――立って操舵輪を握っていたクロは吹っ飛ばされて目を回してしまっているようだ。
「あ……ああ……」
キサラギは両手で顔を覆う。私のせいだ。オペレーターのくせに周囲に気を払わず、艦載機どころか艦をも危険に晒し、そして操舵手たるクロが行動不能に陥った。
これまでマンジェットが狙われなかったのは、実験機が注意を惹き付けてくれていたからだというのに。その程度のことも、わからないで。
キサラギの愚かさが、実験機どころかマンジェットまで砂漠の底へと沈めてしまう。そんな、そんな未来は――
「大丈夫だよお姉ちゃん! だってまだ私がいるんだから!」
「……ヤヨイ?」
気付けばヤヨイがよっこいしょ、と操舵輪の前に空の木箱を置いて、その上に仁王立ちし、
「じゃーん! これからヤヨイがお兄ちゃんを助けにいきまーす! マンジェット、とつげき!」
スロットルを押し込まれたマンジェットの主機が、喉も割れよと咆哮する。
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